片山さつき財務大臣 本人による
因(ちな)みに、私の旧姓は「朝長」で、大村三十七士の一家、朝永家は江戸中期くらいに枝分れしたと聞いてます。大阪大学や理化学研究所で知られる長岡半太郎博士も大村藩士、どうもあの地域は物理脳のようですが、私は父からそれは継がなかったので文系!?
明治維新で活躍された、私たちの大先輩・大村三十七士の碑は、玖島の旧・円融寺(えんゆうじ)にあります。
ところで、長年、修正もなく、間違った教育を続ける長崎県の方針により、長崎県教育委員会は過去を破壊してばかり。
長崎県では、長崎市にあり中国の対外工作機関(スパイ活動の拠点)である中国領事館を気にしてばかりで、中国を意識したウソの歴史が教育されますから、歴史教育に関しては、長崎県庁を信用しないで、各自、学んでおいたほうがいいです。
片山さつき財務大臣、就任時の重要なお話
大村市では教育されませんので
各自、調べて知っておいたほうがよいです。
さて、長崎県庁や、長崎県教育委員会の方々、そして長崎大学薬学部では、とても大村を軽く扱い、見下していらっしゃるようですが、東京からは違う見方になっています。
長崎県で、はびこる偏見
だから、偏見で固まっている長崎県庁や、長崎県教育委員会、そして長崎大学薬学部に騙されないようにしましょう。
まず、「天才と異才の日本科学史」(角川書店)によれば、
日本の物理学は、東北の人たち(福島の山川健次郎、岩手の田中館愛橘[たなかだてあいきつ])が種を蒔(ま)き、大村の人たち(長岡半太郎、朝永振一郎)が花を咲かせた。
長崎大学薬学部が公式に発表している大村に対する偏見
たいした人物が出ない、出せない長崎市の人たちは、長崎市以外を見下していて、大村みたいな場所から、医学の長与専斎がでたことが信じられないと、長崎大学薬学部は公式に発表しています。
しかし、長崎大学の完全な間違いです。視野がせまくて、長崎市以外のことを何も知らない長崎大学だと言えます。
大村からは、理系だと、
北大初代農学部長で北大第二代総長の南鷹次郎(みなみたかじろう)、
大阪大学初代総長の長岡半太郎(同時に東北大学理学部、工学部創設者)、
大阪大学二代総長の楠本長三郎が出ています。
ノーベル物理学賞の朝永振一郎博士の父親である朝永三十郎先輩も大村です。
長崎大学は、東京を中心とした日本の世界を何も知らない田舎の大学なんでしょう?長崎市からはたいした人物はでていません。小説家や文芸、あるいは左翼の活動家のひとがパラパラ出る程度でしょ?
長崎市文化歴史博物館が持つ、大村に対する偏見と歴史のウソ
江戸時代以前の歴史がない長崎市は、ウソの歴史を打ち出し、なんでも長崎市が一番だという見解です。大村純忠が長崎港を開港したこと+長崎市の領域が大村領であったことを隠して発表するのが、長崎市の歴史家たちであり、長崎県庁であり、長崎文化歴史博物館の傾向です。だまされないようにしたいですよね。
長崎市が持つ偏見
観光によそから訪問して、数日だけ滞在するなら長崎市は良いところですが、住むには不便で、市民が貧しい(調査で判明)のが長崎市の特徴。しかも長崎市は、大村市に水の代金を支払わない自治体なのです。事実として知っておいたほうが良いでしょう。
長崎市の平均所得は、大村市より下です。大村より、長崎市民は貧しいことが判明しています。大村市は全国平均以上の財政ですが、長崎市は全国平均以下(偏差値40台)の、ビンボーな自治体です(事実)。
全国的な調査による指標で、長崎市と長崎市民はビンボーだと明らかになっています。↓
大村と大阪大学、北海道大学、東北大学
大村の先輩が北海道大学、大阪大学の総長になり、東北大学の理系を創設しています。
ゴールデンカムイと大村高校
開拓が始まったばかりの北海道にわたり、北海道農業の父とよばれ、北海道大学初代農学部長、北大第二代総長になったのが南鷹次郎(みなみたかじろう)先輩です。
銅像の撮影許可をもらうときに、「あなたが(つまり、わたくし)初めて(写真撮影の申請)ですよ」といわれました。いままで大村の後輩は誰も撮影してなかったのですね。

↓

