現在、レンズ、カメラ、双眼鏡など、日本製が最も優れていて、世界で使用されています。潜望鏡などもそうでしょう。
第二次大戦が終わり、朝鮮戦争(アメリカ+韓国 V.S ロシア+中国+北朝鮮)まで、ドイツ製が世界で最も優秀な製品で、売れていました。
朝鮮戦争が始まり、欧米の戦場カメラマンたちが、朝鮮の戦場に入る前に、日本に立ち寄りました。
*朝鮮戦争を知らない人へ
日本では、日本製のカメラ+レンズが、ドイツ製より安く販売されていました。
戦場に高額なドイツ製を持っていくと、壊れるし、費用がかかるとの理由で、日本のNikon(ニコン)を、世界的に有名だった報道カメラマン・アメリカ人ダンカン氏が、日本人の三木淳氏に勧められ、試しに寒い戦場(朝鮮半島)で使用してみました。
キヤノン(キャノンではなく正式名称はキヤノンです)は、この時、レンズの提供を断ってしまいました。この時、ニコンではなく、キヤノンが提供していれば、キヤノンの方がNo.1の代名詞になっていたかもしれません。
高額なドイツ製が、寒い中で動かないにもかかわらず、日本製のニコン(日本光学)は、厳しい環境の中で、きちんと動きました。
当時の話↓を簡単にまとめたショート版
戦場から戻り、日本でフィルム写真を現像、プリントしたら、これが、予想以上によく写っていました(当時はフィルムカメラなので、現像という液体薬品による化学処理が必要でした)。
そして、日本のNikonという、当時は世界的に無名だったレンズで撮影された事が、アメリカ人たちによって拡散されました。
この朝鮮戦争のおかげで、日本のカメラ+レンズ神話が始まりました。故障しにくく良く写る、しかもドイツのライカより安い、ということで。
第二次大戦が終わり、復興しつつあった日本の隣で、朝鮮戦争が始まった1950年代。当時の日本光学の社長は、大村の長岡半太郎大先輩のご子息(次男)だったことを、知りました。
知った本は、「国産カメラ開発物語」です。
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*Nikon(日本光学、ニコンと発音するのですが、アメリカ人はナイコンと発音しています:日本光学のレンズはNikkor ニッコール)

