↑Yukopi とうきょう
大村に住んでいた時、東京には2回行ったことがあります。
1回目は私が幼稚園生の時、親子兄弟の家族で東京に行きました。
実は、私は小さかった(4歳)のでまったく覚えていません。写真を見ても、何も思い出せません。
2回目のことは覚えています。小学6年生でした。
なぜ覚えているのかといえば、新幹線で、事故か何かで、新横浜駅で長く臨時停車したからです。そして、現在もJR東海の東海道新幹線駅売店で販売されている「すごくかたいアイス」を食べたからです。
*現在も販売されている「新幹線すごくかたいアイス(名古屋のスジャータ)」
新幹線の車内販売は現在は廃止されていますが、まだあったその時、臨時停車したとき、新幹線車内販売のかたーいアイスクリームを車内販売で買って食べました。
このアイス、子供(小学6年生)にとっては、早く食べたいのに、なかなか溶けなくて、食べられないから印象に残り、覚えていたのです。
現在は廃止されましたが、東海道新幹線内の車内販売
人生で2回目になった、小学6年生の時の東京旅行は、前回と違い、祖父母と、父と私の4人でした。
東京駅の丸の内から出て、皇居まで4人で歩きました。
丸の内の大きなビル群の前で、祖父が「こげんところで働く人は(こんなところで働く人は)、どげん人やろか(どんな人だろうか)?」みたいに言っていました。
その時は、なんとも思っていませんでした。小学6年生の子供の頭では、想像もつかなかったからでした。
↓東京駅 丸の内 写真は皇居を背にして背にして東京駅

家族で東京に旅行して、それから、10数年が流れました。
10数年が経(た)ったころ、私は大村高校を卒業し、東京の大学に入学し、卒業していました。
10数年ほど前、家族で東京旅行した時、東京駅・丸の内出口から出たところで、祖父が「こげんところで働く人は(こんなところで働く人は)、どげん人やろか(どんな人だろうか)?」と言っていました。
10数年後、私は、大学を卒業し、SPI試験も、採用試験も突破し、丸の内の大きな本社がある会社に採用され、社員となり、丸の内で働いていました。
祖父に話したかったのですが、その時は、もう祖父は亡くなっていました。
つまり、「こげんところで働く人は(こんなところで働く人は)、どげん人やろか(どんな人だろうか)?」と祖父は疑問を持っていましたが、その答えは、こんなところで働く人は、あなたの孫だったのです。
予想もしなかったことが起きることがあります。
予想したものとは違う人生になっています。
まったく想像もできなかった人と知り合う。
ほかのところも、そうなのかもしれませんが、東京は別格だと思うのです。
ただ、それだけ。
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東京・丸の内の会社で、社長になった大村の先輩
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東京駅 丸の内の反対側、八重洲(ヤエス)に残る昭和。東京駅のまわりに残っている場所
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採用試験のSPI試験とはなんですか?

