日記の作者は、陸士(陸軍士官学校、現在の防衛大学校)を目指していました。しかし、敗戦で、受験したい学校(陸士)がなくなってしまいます。
大村・竹松の海軍航空隊には紫電改(しでんかい)が、待機していたようです。日記の作者は、紫電改の開発責任者が、竹松で生まれ育った、旧制大村中学→第五高等学校(熊本大学)→東京大学工学部卒の、橋口先輩だとご存知なかったようです。
*令和7年度(2026/3)防衛大学校卒業式 高市総理の訓示:首相官邸の動画より
東京湾より撮影、右側に見える山が富士山です。

平成14年/西暦2002年 1月開設、おかげさまで24年●大村高校同窓会会員によって当サイトは非営利で開設されました●大先輩の意志を受け継ぎ、同窓会が忘れている先輩方の記憶と記録、そして文化を、卒業生同窓会が未来の後輩に引き継ぎ、届け、かつ情報共有する役目です●近年できた親睦だけが目的のフェイスブック内ページとは一切関係がございません●大村高校は、1670年(寛文10年)四代藩主大村純長(すみなが)公により、九州で1番、日本で2番目に開校(小学館発行・日本歴史大辞典による)●昭和24年(1949)5月25日大村高校は長崎県ではただ一校、天皇陛下の行幸を賜っています●感情だけで、事実と伝統文化を嫌う反日左翼から根拠なき誹謗中傷がなされているようですが、サイト運営チーム(全員大村高校卒業生)は怯まず冷静な平常心で運営を続けて参ります●24年前のサイト開設当初より、ご支援くださる先輩の皆様をリスペクトし、常に感謝の気持ちを忘れないようにしています。
日記の作者は、陸士(陸軍士官学校、現在の防衛大学校)を目指していました。しかし、敗戦で、受験したい学校(陸士)がなくなってしまいます。
大村・竹松の海軍航空隊には紫電改(しでんかい)が、待機していたようです。日記の作者は、紫電改の開発責任者が、竹松で生まれ育った、旧制大村中学→第五高等学校(熊本大学)→東京大学工学部卒の、橋口先輩だとご存知なかったようです。
*令和7年度(2026/3)防衛大学校卒業式 高市総理の訓示:首相官邸の動画より
東京湾より撮影、右側に見える山が富士山です。
