昭和19(西暦1944)年、8月に戦争が終わる年の、5月の日記です。
日記の作者は、陸士(陸軍士官学校、現在の防衛大学校)を目指していました。しかし、敗戦で、受験したい学校(陸士)がなくなってしまいます。
*紫電改(しでんかい)
大村・竹松の海軍航空隊には紫電改(しでんかい:川西飛行機)が、待機していたようです。日記の作者は、紫電改の開発責任者が、竹松で生まれ育ち、
→竹松小学校
→旧制大村中学(5年制:現、大村高校)
→第五高等学校(3年制:現、熊本大学)
→東京大学工学部卒(専攻は船舶工学)
→志願して、帝国海軍に。横須賀の技術廠(ぎじゅつしょう)に配属され、軍籍のまま川西飛行機へ
→終戦時、帝国海軍の技術部門No.2、海軍 技術少将
の橋口先輩だとご存知なかったようです。
紫電改(しでんかい)を知らない人へ
橋口先輩は、川西飛行機の航空機部長で、技術部門の開発責任者でした。

*令和7年度(2026/3)防衛大学校卒業式 高市総理の訓示:首相官邸の動画より
東京湾より撮影、右側に見える山が富士山です。

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