数学で勝った日露戦争の奉天会戦(ほうてんかいせん)- 第1軍(黒木大将)参謀が大村の福田先輩

↑画像出展:左大臣ドットコムより

左翼が支配する日本の教育界では教えられないですが、奉天会戦は、人類史上最大の会戦でした。勝ったのは日本です。だから、わざと教育現場で教えないのでしょうね。

*ウィキペディアより

双方(日本、ロシア)あわせて60万に及ぶ将兵が18日間に亘って満洲の荒野で激闘を繰り広げ、世界史上でも希に見る大規模な会戦となった。

ここで、大村の先輩(福田雅太郎先輩)が活躍した事実など、長崎県の教員らは知らないし、知っていても決して教えないでしょう。

*地図で確認

*現在との違い:奉天(ほうてん)は、現在、地名が瀋陽(しんよう)という名前に変わっています。

*日露戦争における第一軍人事 ウィキペディアより

↓動画:日本でもなくロシアでもない、イギリス人の分析。だから、日本の政治宣伝も、ロシアの政治宣伝も入っていない:3分45秒より、西洋とはまったく異なる方法を日本が築いたことの解説。

音声トラックを日本語に設定で日本語音声で聴取可能。うまくいかないときは、このぺージからyoutubeのアプリで開くと日本語音声になります。

Screenshot

なお、この動画、日本軍もロシア軍も、軍服が日露戦争当時のものではなく、間違いがありますから、軍服は、↑この動画を信用しないこと。

奉天会戦は、数学(と情報)で勝ったことが分析されています。奉天会戦には、日本の第一軍(福岡の黒木大将)作戦参謀は、大村の福田雅太郎(ふくだまさたろう)先輩でした。福田先輩は、日露戦争のあと、台湾軍司令官から、陸軍トップの陸軍大将に昇進されました。

福田先輩は、大村高校の前身・旧制大村中学卒業式の前日、本町(現、大村市)で警察官と、なぐりあいのケンカをしてしまい、卒業式に出席できなかったというエピソードが残っています。

ほかに、福田先輩は、共産主義者から、暗殺されそうになりました。共産主義者(現在の日本共産党)が拳銃を福田先輩に向け撃ちました。なんと、弾丸が不発弾で、福田先輩はなんともなく、共産主義者はすぐに逮捕されました。

*福田先輩(陸軍大将時代)が、片町・本町をつなぐ鶴亀橋のところで写ったものが残っています。

【在校生向け】鶴亀橋(つるかめばし)ブルース:約90年前の片町と本町

wikipediaより

大村藩士・福田市兵衛の二男として現在の長崎県大村市で生まれる。大村中学校、有斐学舎(ゆうひがくしゃ、陸軍士官学校受験のための予備校)を経て、1887年7月、陸軍士官学校(旧9期)を卒業し、歩兵少尉任官、歩兵第3連隊付となる。1893年11月、陸軍大学校(9期)を卒業。

奉天会戦において、ロシア軍は19世紀のフランスのナポレオン(砲兵出身)時代から続く砲兵の伝統を捨てきれなかったのですが、日本は、今までヨーロッパ人が考えつかなかった作戦で勝利します。

この戦法は、のちの第一次大戦において、ドイツ、イギリスが日本のやり方を研究し、踏襲します。

日本では評価されていませんが、欧州では評価されています。日本のやり方を、その後100年もの間、各国が、踏襲するからです、

他に、当時のロシアの軍艦には、無線がありませんでした。日露戦争の時は、日本の帝国海軍には無線、帝国陸軍には動画のような有線通信がありました。

繰り返しますが、上記の動画、軍服が日露戦争当時のものではないので、軍服は、↑上記の動画を信用しないこと。

日露戦争当時の帝国陸軍の軍服は、ゴールデンカムイを見ると良いでしょう。↓以下に動画を貼っておきます。

【動画あり】日清戦争、日露戦争、そして大村高校

ゴールデンカムイと大村高校の先輩

アリサカのライフル、ゴールデンカムイ、ウソを教えた長崎県の教員たち、そして大村高校

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