【長崎市にだまされないために】大村が登場する長崎奉行の本

今回紹介する本は、東京出身者が書いた本です。だから、変な、「長崎サイコ−、なんでも長崎が一番、長崎市以外は認めない」というものではありません。客観的な視点で書かれています。

本の名前は「長崎奉行の歴史」。

実は、長崎市とその周辺が出す歴史にはウソがあります。何でも長崎が最高というものです。だから、県内各地のことが、わざと書かれていない場合があります。長崎市は、300年以上、よその人に支配されていた土地柄なので、コンプレックスがあるのでしょう。

具体的な人物としては、長崎市出身で大村高校の前身である旧制大村中学に入学し卒業した、長崎大学の歴史家だった外山幹生(故人)という先輩です。この方の文書には「親の仕事でたまたま大村にきて大村中学に入学してやったが、私は長崎市出身で偉いので、大村のことを書いてやるから読め」という部分があります。そういった感覚が長崎市出身の方の特長なのでしょうか?

だから、大村の家来だった長崎甚左衛門(ながさきじんざえもん)が、殿様と対等だと書かれていたり、家来だった史実がかかれていなかったりします。封建時代の家来は殿様と対等ではありません。しかし、長崎市と周辺はそう思わせないための工作をしているのでは?だからその場合は、長崎市と長崎県だまされないようにしましょう。

*時津が大村領だったことを知られたくないのかなぁ?「家来」だった史実はいっさい書かず、「妻の父」とだけ書いています。大村純忠公が開港した史実がかかれていません。
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歴史的な事実は、戦国大名の大村純忠(おおむらすみただ)公によって、家来だった長崎甚左衛門(ながさきじんざえもん)の領地をすべて取り上げ、良港を開港したからです。長崎市の原型は大村純忠公によりできました。

*司馬遼太郎「街道を行く」より
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長崎県も長崎市も、大村によってできたことが知られたら困るという考えのようで、さまざまな方法でウソの歴史を教育していますから、長崎市や長崎県の出すウソの歴史にだまされないようにしましょう。

長崎を開港したのは。大村純忠だということを、どうしても言われたくないようです。もう一度書きますが、長崎はよその人に支配されていた土地柄なので、コンプレックスがあるのでしょう。だからウソの歴史を堂々と広めています。

この本のことに戻りますが、大村で発生した郡崩れ(こおりくずれ:キリスト教が禁止されていたのに、大村の萱瀬[かやぜ]地区でキリスト教信者が発見された事件)を当時の長崎奉行(長崎出身者ではない)が、どう見ていたのか調べて書かれています。

当時の大村の殿様は、大村高校の前身である集義館(しゅうぎかん)を開校した大村純長(おおむらすみなが)公です。

長崎奉行の歴史より
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長崎文化歴史博物館では、大村藩が長崎港を防衛したことはまったく書かれていませんでしたが、この本にはきちんとかかれています。長崎県と長崎市が出す歴史にだまされないようにしましょう。

長崎奉行の歴史より
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また、福岡藩と大村藩の接点も書かれていました。時津は旧・大村領です。
長崎奉行の歴史より
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興味がありましたら、ご高覧下さい。

なお、長崎奉行には、大村が就任したこともあります。

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