私も、大村市内でキリスト教の幼稚園出身ですが、キリスト教には染まりませんでした。ただ、わたくしは、仏教の般若心経(はんにゃしんきょう)を暗記しているのと同じで、キリスト教のお祈りも幼稚園時代に覚えました。
本当は、日本語で処女と少女の発音がにていて混同しやすいのと同じで、古代ヘブライ語も似たような発音(処女と少女の発音が似ている)で間違えやすかった。
このことはブラッド・ピッド主演の映画「スナッチ」の中で解説されています。
スナッチ:2000年の米+英の映画。日本ではソニーピクチャーズにより公開。
キリストの聖母マリアは、「少女」でイエズス様を懐妊したのですが、後世の人が聞き間違えて「処女」で懐妊したとなってしまい、1000年以上間違いが続いていると。
さて、なぜキリスト教が日本で広まらなかったのか、いくつか解説を見てみましょう。
実際、ネイティブな大村育ちなら、なかなかキリスト教には染まらないでしょう。
有名な人では、北海道大学第二代学長となった南鷹次郎(みなみたかじろう)先輩のエピソードがあります。ソースは北海道大学が出版した伝記である「南鷹次郎伝」。

札幌農学校では、アメリカから着任したクラーク博士がプロテスタントだったため、授業にキリスト教が含まれていたのです。
しかし、南先輩は、キリスト教の授業だけは退屈でつまらなくて、落第しないギリギリの点数で乗り切られました。
札幌農学校で同期だった、内村鑑三(うちむらかんぞう)、新渡戸稲造(にとべいなぞう)は、キリスト教に免疫がなかったため、すっかり染まってしまい、キリスト教に改宗されました。
明治期以降、大村からキリスト教の布教に尽力したのは、大村の玖島出身で(島ではありません。地名です。玖島を、よその人は島だと勘違いされていますが、古代、景行天皇がご巡幸された折に、名前を賜った由緒正しい地名です)、明治学院大学設立メンバーだった熊野雄七(くまのゆうしち)先輩です。
