日露戦争を1分34秒でまとめたアニメ + 大村出身の先輩

日露戦争は1904年〜1905年。

大村の先輩が、帝国陸軍・第一軍(黒木大将)の作戦参謀でした(第三軍が乃木大将)。先輩の名は、福田雅太郎(ふくだまさたろう)。大村・田の平(三城小学校校区)出身で、大村高校の前身・旧制大村中学校から陸軍士官学校(現、防衛大学校)を出た先輩です。

エピソードは、旧制大村中学校卒業式の前日、福田先輩は、大村・本町で巡査(警察官)と殴り合いのケンカをしてしまい、一晩、警察署に拘束されてしまい、卒業式に出席できなかったことです。これぐらいの器量があるから、帝国陸軍のトップにまで昇進されたのでしょう。

福田雅太郎先輩

福田先輩は、その後、帝国陸軍トップの陸軍大将に昇進されました。東京から大村に帰省されたときに、大村の片町と本町をつなぐ鶴亀橋で撮影された写真が残っています。↓

【動画あり】日清戦争、日露戦争、そして大村高校


下記に書いてありますが、↓ほかにエピソードとしては、福田先輩は、共産党から2回も狙撃(暗殺目的)されましたが、2回とも共産党は暗殺に失敗。

1回目は、共産党員が撃った弾丸が福田先輩に命中しましたが。不発弾でした。2回も暗殺されそうになり、何ともなかったので、強運だった先輩です。昔から共産党と朝鮮人は、テロと暗殺ばかりです(事実)。朝鮮人が下にみられるのは、日本社会で悪いことばかりしてきたからです。

福田先輩のエピソード

大村の先輩二名が、首都東京の警備、治安維持の責任者でした

さて、日露戦争の動画です。保守速報さまより


事実を知ろう!台湾人と朝鮮人を比較してわかる朝鮮人の特徴。
▼日本社会で悪いことばかりしてきた朝鮮人(事実):公文書で吉田茂首相が出した朝鮮人に対する見解

吉田茂首相がマッカーサーに宛てた手紙 台湾人と比較:日本社会に貢献しない朝鮮人は不要

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