ゼロ戦は、東京・九段の靖国(やすくに)神社の遊就館(ゆうしゅうかん)に1機、本物(52型)が展示してあります。しかし、飛行することはできません。
最近、日本人が、米国人所有のゼロ戦(22型)を購入し、日本で飛行がなされ、神戸空港に着陸した動画です。
神戸空港 零戦 着陸(*´∇`*) pic.twitter.com/xlhjBb7cci
— ししもも (@sisimomo2011) 2017年6月10日
さて、戦争から30年たち、大村でも、昭和55年・1980年に、ゼロ戦の飛行がおこなわれました。この時のゼロ戦は米国人所有のものでした。
*大村高校の先輩も、諫早高校先輩もゼロ戦には関係してました。卒業式の日に1日だけしか旧制諫早中学に行かなかったノーベル賞の下村博士も、大村でゼロ戦の製造にかかわっていました。
ゼロ戦は、紀元2600年にデビューしました。2600年のゼロからゼロ戦と名付けられました。
型式の実例として、紀元2601年にデビューした航空機に一式陸上攻撃機。それから、紀元2602年にデビューした航空機に、大村の先輩が開発責任者だった二式大艇(にしきたいてい)があります。なお、紀元2600年は昭和15年・西暦1940年です。
*二式大艇(にしきたいてい)の開発責任者だった大村の先輩は、大村高校マラソン大会第一回優勝者でした。
経歴は、竹松小学校(現在も同じ)➡旧制大村中学校(現、大村高校)➡旧制第五高等学校(現、熊本大学)➡東京大学工学部
紀元というのは皇紀(こうき)という日本の年号です。一般のカレンダーには記されていませんが、日めくりに記されています。
皇紀(こうき)は、日本の建国から数えた年号で、平成29年・西暦2017年の現在は、紀元2677年で、日本は建国以来2677年という意味です。
*日本の建国を知らない人へ
大村には海軍航空隊がありました。帝国海軍のエースパイロット坂井三郎(さかいさぶろう、佐賀県出身)氏が、大村航空隊に所属していて、当時、大村の本町や片町でのエピソードがあります。写真集によれば、エースパイロットだった坂井三郎氏は、出撃前に大村神社に参拝されていたそうです。
坂井三郎氏の著書は英語にも翻訳されていて、英語版の著書にも大村のことが出ています。
日本語版
英語版
付け加えておきますが、特攻は日本だけではありません。ドイツでもイギリスでも実行されました。ドイツではエルベ特別攻撃隊とよばれました。イギリスの特攻は、アメリカ映画・スターウォーズのデス・スター(ダースベイダーが司令官)攻撃のモデルになっています。ルークなど精鋭のメンバーが特攻。