出典:アメリカの外交専門誌 “The National Interest” の2016年7月16日版記事、ドイツの神風特攻隊であるエルベ特別攻撃隊
↑グーグルクローム自動翻訳 上記の抜粋↓
解決策を必死に模索していたナチスは、別のアイデアに目を向けた。戦闘機をアメリカの爆撃機に体当たりさせるというものだ。
最初の特攻機がアメリカの軍艦に突入してから72年が経つが、特攻機の概念は日本特有のものと考えられてきた。
この戦術は目新しいものではなかった。敵機への体当たり攻撃は第二次世界大戦中、決して珍しいことではなかった。
ソ連のパイロットはドイツ空軍の爆撃機や戦闘機に対して数百回もの体当たり攻撃を行い、連合軍(注:英国の戦闘機スピットファイア)の戦闘機はV-1「バズボム」を、自機の翼をV-1の翼の下に差し込んでひっくり返すことで撃墜した。
では、特攻機という概念はどうだろうか?その発想自体が、西側の民主主義的価値観とは相容れないように思える。
しかし、ある日本人将校が指摘したように、1944年から45年にかけて、通常の日本軍戦闘機パイロットが生き残る確率は非常に低かったため、特攻はそれほど非現実的な考えではなかった。
戦争末期には、訓練不足のドイツ空軍戦闘機パイロットも恐ろしいほどの速さで撃墜されていた。彼らが死ぬ前に爆撃機を撃墜しても何ら不思議ではないだろう。
長崎県教育委員会と長崎県の教員らは、百人斬りの件(長崎県教育委員会が教員を甘い処分ですませた)と同じで、大して調べもしないで、作り話を検証もしないで、児童・生徒に無理矢理ウソを教え、左翼思想を吹き込み、間違った教育を許容し、ウソを教育してきたのでは?
日本の特攻:神風特別攻撃隊
長崎県では、児童・生徒に対して先生方が、「神風のような特別攻撃は日本だけ」と教え、実物と実像を知らない先生方が「おあかぁさ〜んと叫びながら特攻をおこなった」と長い間、教えられて続けていました(います?)。
そして「特別攻撃の効果はなく、無駄だった」と、教えられていました(います?)。
しかし、長崎県で教えられてきたことはウソではないのでしょうか?
なぜなら、日本以外に、ドイツにも、ソ連(現、ロシア)にも、そして英国にも特別攻撃はありましたから。
英国の戦闘機スピットファイアによる特攻:ドイツのV 1(世界で初めての巡航ミサイル)に、英国は戦闘機スピットファイアで特攻した。
ソ連のパイロットはドイツ空軍の爆撃機や戦闘機に対して数百回もの体当たり攻撃を行い、連合軍(注:英国の戦闘機スピットファイア)の戦闘機はV-1「バズボム」を、自機の翼をV-1の翼の下に差し込んでひっくり返すことで撃墜した。
英国の特攻場面;動画↓
また、一般の攻撃より特別攻撃のほうが戦果があった事実が残されています。

長崎県の学校の先生方は、ウソを教えてきたのでしょうか?
↓米軍撮影:初めて神風攻撃を受ける米空母。本物の写真。関大尉が、米軍空母に神風攻撃され散華された瞬間の写真
このあと米空母セント・ローは沈没します。
特攻に関して
米軍撮影:動画による初めての神風攻撃の様子。関大尉が散華される瞬間です。
音声なし
長崎県の教員らは、正規の授業中に、「特攻隊員は「おかぁーさぁぁぁぁぁん」と叫びながら特攻したのです」と、特攻の現場を見てもいないくせに、あたかも見たようなウソの授業をおこなってきました。
本当は、モールス信号で「ワレ トツニュウ ス(我、突入す)」と送信しながらでした(当時は、無線通信は音声ではなくモールス信号でした)。
長崎県教育委員会と、長崎県の教員らは正規の授業中に、証拠がないウソを教え、児童・生徒をウソの授業で洗脳してきました。
ドイツの特攻:エルベ特別攻撃隊
実は、神風(カミカゼ、あるいは、しんぷう)攻撃は、日本のみならず、ドイツ、英国でも第二次大戦中に実施されました。
ドイツ空軍エルベ特別攻撃隊(昭和20年/1945年4月7日)

図書館でこの本を探す場合のISBNコード↓

日本と同じくドイツでも、志願して特攻の任務にあたりました。
エルベ特別攻撃隊
目の前で、アメリカの空爆によって、民間人である親兄弟妻子供が殺されるなら、ただ黙って殺されるより、戦うほうを選ぶでしょう。
日本もドイツも同じ。アメリカ軍の空爆で、非戦闘員である、民間人が無抵抗のまま殺されました。
生きるか、死ぬかの状態になったら、ただ、敵から殺されることを望むでしょうか?
長崎県の学校の先生は、国家や国旗を否定して、ただ殺されるだけの人間を育てる教育をしたがっているのではないでしょうか?
動画
日本と同様、ドイツも苦しかった。
アメリカ軍爆撃機1300機+戦闘機800機に対し、ドイツ軍は180機しかなかった。
日本と同様、それでも立ち向かったドイツ。
1分6秒より
日本とアメリカの戦いは海であったため、特攻して生存しても、海中でサメの餌食になったり、溺死したりして、生存しにくかったようです。
ドイツとアメリカの戦いは、陸。ヨーロッパ大陸のドイツ領内であったため、打ち落とされても、パラシュートで陸に着地して助かっているのが、大きな違いです。
日本も、ドイツのエルベ攻撃隊と同じく、爆撃機に特攻し、地上に無事、パラシュートで降下し、生存した人がいます。↓
日本の戦闘機・飛燕(ヒエン)で米軍の爆撃機Bー29に富士山上空で体当たりして、Bー29を撃墜したのが、帝国陸軍の小林照彦(こばやしてるひこ)少佐。小林照彦少佐本人は、脱出して生存。小林照彦少佐は、戦後、航空自衛隊に入隊されていました。実話。
小林照彦少佐は、帝国陸軍で最年少(24才)で、飛行隊長になった人です。特攻時の機種は「飛燕(ひえん)」でした。
小林照彦 少佐
小林照彦少佐に関して Wikipediaより
飛燕の実物を見てきました。
航空宇宙科学博物館に行ってきました:復元中の帝国陸軍戦闘機「飛燕(ひえん)」と日本人宇宙飛行士の大卒時の卒業設計を見てきました
さて、ドイツは科学力に優っていても、アメリカは資源と物量で攻めてきました。圧倒的な物量でした。
英国の特攻:チャスタイズ作戦(昭和18年/1943年5月17日
イギリス空軍・第617飛行中隊によるチャスタイズ作戦(昭和18年/1943年5月17日)が、イギリスによる特別攻撃隊です。
映画にもなっています。この英国の特攻であるチャスタイズ作戦の特攻スタイルが、実は、デス・スターを攻撃するスターウォーズ(映画)のもとになっています。
デス・スター(スターウォーズ)

チャスタイズ作戦に関して
チャスタイズ作戦は、ダム破壊が目的の作戦なのでダムバスターズと呼ばれています。
ニコニコ動画より チャスタイズ作戦を再現した映画:ダムバスターズ
作戦は、日本の神風やドイツエルベの特攻隊と同様、メンバーが志願者によって構成されました。
チャスタイズ作戦をもとにしたスターウォーズ
大村のこととチャスタイズ作戦が書かれた本があります
「血にコクリコの花咲けば」に、英国の神風特攻のことが書かれています。

「血にコクリコの花咲けば」著者は、ロンドン大学名誉教授・英国学士院会員・大阪大学名誉教授の故・森嶋通夫(もりしま・みちお)氏。森島氏は、第二次大戦中、大村市の大村海軍航空隊に所属。終戦を大村で迎えられました。
森嶋氏は、京都大学在学中に学徒動員で海軍に入り、大村の大村海軍航空隊に配属。暗号解読を任務としていました。
大村航空隊の森嶋氏と交流があったのが、当時、大村高校の前身・旧制大村中学出身で旧制一高(東大教養部)から東大法学部進学後、日本銀行に入行。それから帝国海軍に志願して海軍予備学校に入り、海軍の特務機関(横須賀)で暗号解読していた服部先輩です。
大村から神奈川県・横須賀市は遠いように思えますが、当時、横須賀と大村は海軍の定期便(飛行機)が飛んでおり、横須賀←→大村は2時間で到達が可能でした(森嶋氏の著作:「血にコクリコの花咲けば」による)。
なお、森嶋氏は、大村の海軍航空隊で、戦艦大和の最後の電文を受信された方です。
おわりに
その1
元記事はこちらに。今回、修正を加えました。
その2
なお、アメリカの外交専門誌 "The National Interest" の2016年7月16日版記事をもとにして、日本の産経新聞・関西版が2016年8月16日、ドイツの特攻を記事にしているようです。
産経新聞・関西版2016年8月16日
アメリカの外交専門誌 ナショナルインタレストの自動翻訳
原文
↑グーグルクロームによる自動翻訳↓






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