*河鍋暁斎(かわなべきょうさい)展HPより
わたくしは3月中に行くので、行ったら報告します。
*「これぞ暁斎! 世界が認めたその画力」
Q.河鍋暁斎(かわなべきょうさい)が、大村に何か接点があるのですか?
師匠は国芳
河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の師匠は歌川国芳(うたがわくによし)。
*国芳の作品
弟子はコンドル
来日して、河鍋暁斎(かわなべぎょうさい)に弟子入りしたのが、英国の
ジョサイア・コンドル。
東大にあるコンドルの銅像
出典:wikipedia
コンドルと大村藩邸、そしてドイツ。日本の建築の流れ
コンドルは、大村藩の藩邸跡地に建てられた、ドイツ大使館の設計者でした。現在は国会図書館になっています。大村藩・藩邸→ドイツ大使館→国会図書館。
現在の東京駅を設計した辰野金吾(たつのきんご、佐賀県唐津市出身)は、コンドルの弟子でした。つまり、日本の建築の流れは、河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)→ジョサイア・コンドル→辰野金吾となっています。
国立国会図書館より
日本近代建築の父と呼ばれるジョサイア・コンドルは、河鍋暁斎に師事し、日本画も描いてました。画像は、「暁斎画談」のコンドルが描いた絵です。左上に、「英国人セー。コンデール氏鯉又鷺の写生の図」とあります。今にも飛び出しそうな迫力ですね。 pic.twitter.com/yHyWjSbXwb
— 国立公文書館 (@JPNatArchives) 2015, 11月 11
河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい)の美術館、本など
元治(げんじ)元年、江戸時代の1864年に、河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい)が描いた、かぼちゃの舞。狩野派。
河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)美術館は埼玉県蕨(わらび)市にあります。
・河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)美術館
・岩波文庫 河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)
コンドルの帝国ホテルがある明治村と大村
コンドルが設計した帝国ホテルは、現在も、愛知県犬山市の明治村に現存しています。
その愛知県犬山村には、金沢大学の前身・第四高等学校の武道場が残っています。
この武道場を立てたのが、五教館出身の大島先輩(第四高校校長)、そして武道場の題字を書いたのが、同じく玖島育ちで、五教館初代大阪府知事となった江戸時代の剣豪・渡邊昇(わたなべのぼり)先輩です。渡邊先輩のおかげで大村の微神堂(剣道の)が生まれました。
実は、1884年、旧制大村中学が開校するときに、長崎県がいやがらせしたので、開校が遅れました、また、学校に必要な一切を長崎県は出しませんでした。
そこで、大島先輩や渡邊先輩などが、長い間、毎月、給与から大村に送金しました。その送金された寄付金のおかげで、後輩は勉強に打ち込むことができたのです。
開校時の史実を調べると、長崎県のおかげではなく、大村の先輩の皆様のおかげで、いまの卒業生の私たちがあることがわかります。先輩の皆様の尽力がなければ、長崎県から学校がつぶされていたのです。