天保13年(1842年)、大村藩第11代藩主・大村純顕(おおむらすみあき)公が、豊後日田(現在の大分県日田市)から、当時の我が国で最も名高い儒学者と言われた広瀬淡窓(ひろせたんそう)、広瀬旭荘(ひろせきょくそう)親子を、大村高校の前身である五教館(ごこうかん、現在の大村小学校の場所)に招きました。
広瀬淡窓は、日田で私塾・咸宜園(かんぎえん)を開いていました。
大村高校の前身・五教館で、当時の一流講師から、講義を賜り、大村人の評価もしていただいています。
広瀬淡窓
その広瀬淡窓の子孫が、現在の大分県知事・広瀬勝貞氏です。
大村高校に、約180年ぶりに、広瀬淡窓氏の子孫(大分県知事)を招聘(しょうへい)することができるのであれば(多忙な県知事ですから不可能)、江戸時代からのゆかりとともに、ありがたいお話をいただけるのではないかと思います。
広瀬淡窓関係の本