【在校生向け】小説に登場した大村高校

*写真:バス停で

2冊の小説に大村高校が登場しています。

1冊目

1冊目は、2019年現在のシリーズ累計220万部突破の歴史小説です。江戸時代、寛政年間(1789年〜1801年)、つまり18世紀末の話ですから、大村高校の前身として日本で2番目に開校した学校・集義館(しゅうぎかん)のあとの五教館(ごこうかん)・治振軒(ちしんけん)です。

小説の名は「未(いま)だ行(ぎょう)ならず」作者:佐伯泰英。

日本歴史大事典(小学館発行 / カシオ電子辞書版)より 1670年 四代藩主 大村純長が開校した大村高校の前身・集義館(しゅうぎかん)

日本歴史大事典(小学館発行 / カシオ電子辞書版)より
1670年 四代藩主 大村純長が開校した大村高校の前身・集義館(しゅうぎかん)

*学校名の変遷(江戸時代)
集義館(しゅうぎかん)→五教館(ごこうかん:学問)+治振軒(じしんけん:武術)

*玖島城

まず、今もある玖島城が登場。

次に、大村高校の前身・治振軒(じしんけん)として登場。

この小説は、小説ですが歴史的に詳しく調べてあります。具体的には、長崎文化歴史博物館では、事実が無視した歴史になっていて、「長崎を守ったのは兵だけだ」のように書かれているので、長崎文化歴史博物館の出すウソの歴史は信用しないこと。

長崎文化歴史博物館の出す歴史は、いわゆる、長崎自己中心主義という歴史観です。ご存じのように、何でも長崎が一番、長崎以外は認めないという歴史観で、長崎県庁と長崎市の歴史家たちは、ウソの歴史を大声で語りたがります。が、この小説は小説ですが、歴史的なことは事実が書かれているので、安心して読めます。

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大村高校の歴史を知らない人へ

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【大村高校の歴史】3-2 五教館教育の成果と明治維新

*写真:神奈川県庁前 交差点

横浜と大村高校

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2冊目

2冊目は、旧制大村中学時代の回想が書かれた小説です。当時のマラソン大会の練習方法、授業のこと、水泳大会(玖島崎〜臼島)のことなど、大正時代の大村と生活が書かれています。大村高校の分校として開校する(諫早高校の前身である)旧制諫早中学などなかった時代です。

小説の名は「秋の目玉」、著者は大村高校の校歌、大村市歌、玖島中学校校歌、長崎南高校歌を作詞した、福田清人(ふくだきよと)先輩です。この本は絶版になっていて、新刊はありません。図書館で探してみてください。

*写真:横浜市 建設中の真ん中のビルはタワーマンション、右の白い建物は2020年オープンの横浜市役所

福田先輩は、東京から大村に帰省(きせい)して、母校の旧制大村中学でで講演された黒板(くろいた)先輩の話を、在学中に聞いて進路を決めたエピソードがあります。

黒板勝美(くろいたかつみ)先輩の経歴
西大村生まれ、旧制大村中学二期生→国立第五高等学校(現在の熊本大学)文科→東京大学文学部→東大教授

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他校とは違う大村高校 1 

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*写真:愛知県半田市 ミツカン(酢やポン酢)本社にて。江戸時代から続く伝統ある会社です。

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