【在校生向け】先生が知らない(と思われる)こと

先生が知らなくても、生徒が知っておいたほうがいいかもしれないことを書いておきます。

稚内

たとえば、長崎大学教育学部。

大学だから、名前からは総合大学(ユニバーシティ)のような気がします。が、実質は単科大学(カレッジ)。

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大学になった経緯を調べると、長崎師範学校から長崎大学教育学部へ、長崎医学専門学校から長崎大学医学部へ、長崎経済専門学校から長崎大学経済学部へと、本来別々の学校の看板をつなぎあわせ、専門学校から大学に昇格した歴史があり、学部間に学生のつながりがないのです。

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実際、長崎大学は学部ごとにキャンパスが分離し、別の場所にあります。したがって、各学部ごとの自然なつながりはありません。福岡教育大学、京都教育大学、北海道教育大学などの教員養成の専門学校だった師範(しはん)学校から昇格した単科大学と、長崎大学教育学部は似た状況でしょう。

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これが、もし総合大学(ユニバーシティ。都内の私大、あるいは福岡の九州大学、札幌の北海道大学など)ならば、同じキャンパス(大学の敷地)内に複数の学部があるので、4年間、大学生活を送る場合、すいぶん変わってきます。

キャンパス内では、他学部の人と一緒に過ごすため、他学部の情報が入り、他学部のことへ視野が広がるのです。長崎大学教育学部では、残念ながら、その性格上、なかなか視野が広がらないまま「卒業」となります。そこで、以下、学部選択に多少は役立ちそうなこと。

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在校生で、株式関連のことを詳しく知りたい、意味がわかりたい場合、大学は商学部、経済学部に進学すること。経済学や商学では数学は必須(ひっす)なので、高校在学中に、数学では、数列・微分・積分までやっておいたほうがいいでしょう。

ゆとり教育以前、大村高校では文科系も、数列・微分・積分が必修でした。また、ゆとり教育が終了し、もとに戻っているそうですが、今のところは、まだ違うらしいので、一応。

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理科系で、数学が得意だが、理科がダメな場合は商学部・経済学部という道があります。

法学部は、法律の基礎は日本史・世界史・地理が身についてないと理解ができないので、社会が苦手で、

  1. 地理、たとえば英独仏イタリア米の位置が正確に描けない場合
  2. 歴史、たとえば、モンテスキュールソーコモンロー権利の章典フランス革命アメリカ独立明治維新などの出来事の「いつ(年号と時代背景)、どこで(地理の知識)、誰が(登場人物)、どうして(原因)、こうなった(結果)」という思考法が身についていない場合

1.2.の場合、法学部では苦労するでしょうね。

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以外かもしれませんが、法学部にすすみたい人は、高校時代は理科は物理を選択したほうがいいかもしれません。

法の問題解決法は、もめごとがおきたとき、パターンにして、公式をあてはめて解くもので、物理の解法パターンと同じ。歴史の「いつ、誰が、どこで、どうして、こうなった」で事実をとらえ、物理の思考パターンで解く感じです。

したがって、物理の思考パターンを高校時代に身につけておくと、法学部入学後、大きく役立つみたいです。

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文科系は、数学も物理も、高校時代に基礎を身につけておかないと、もう一生、身につけるチャンスがないでしょう。理科系は、高校時代に、地理・歴史・古文・漢文を身につけないと、その後、教養の部分で欠けてしまうでしょう。

では、教養とは何でしょう?

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人は生まれによって、親の資力によって格差があります。その生まれによって、すでに存在している格差をなくすため、自らの意志で身につけるべきものが教養です。身につければ格差を超えることができます。

何もしないで反対運動ばかりする人たちは、すでに格差を超えることを放棄したと見なされ相手にされず、格差を超えることができないまま、人生を終えることになる可能性が増大してしまうのです。時間がある人は「結果の平等」「機会の平等」を調べてみてください。

日本は機会の平等になっています。チャンスは平等にやってきますが、結果はそれぞれの人によります。

一例として、高校を卒業していれば、受験料を払い願書を提出すれば受験できますが、合格するかどうか、試験の成績は本人が勉強したかどうか(教養を身につけたかどうか)で、結果が変わります。何もしないで反対運動ばかりする人たちは、受験しないで合格させろと、結果まで平等にしろと言っているのです。

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さて、大村は、大村領内に、江戸時代に学問を身につけた子供がいると噂を聞くと、大村の殿様が面接。士農工商の身分関係なく、五教館に入学を許可。そして、勉強し、教養も学問も身につき、成績優秀な場合、江戸の昌平黌(しょうへいこう、現在の東大のような存在)で学ぶことができました。他の地域では武士階級だけでしたが、大村領内では、身分は関係ありませんでした。

なお、現在の長崎・諫早・島原から、昌平黌には進学した人は一人もいませんでした。

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最近は高校1年の15才から、すでに理系とそれ以外の進路を設定し、理系の人は、生きている世界の歴史も知らず、日本国民なのに日本の歴史を知らず、教養がごっそり欠けたまま大学に入り、社会人となるようです。コミュニケーション能力に関して、うるさくいわれる時代なのですが、教養が欠けた場合、コミュニケーションの前提になる共有する知識がないので、会話が成立しなくなるのです。

したがって、繰り返しますが、文科系は、数学も物理も、高校時代に基礎を身につけ、理科系は、高校時代に、地理・歴史・古文・漢文を身につけないと、もう一生、身につけるチャンスがないでしょう。つまり、教養の基礎を身につけるチャンスは高校時代までのようです。今は必要なくても、あとで、必要なことがやってくることがあります。

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