ベルサイユのばら、テルマエ・ロマエ
高校の世界史ではさらっとしかやらないけれど、ローマ帝国と、フランス革命のこと、さらっと流さないで、マンガで視野を広げておきましょう。頭の中に、マンガの中で登場したキャラクターがあると、理解しやすいです。
法学部志望者は、高校時代にマンガ「ベルサイユのばら」と「テルマエ・ロマエ」くらい読んでおきましょう。
ベルサイユのばら
フランス革命のことがマンガで書かれた「ベルサイユのばら」に登場するオスカル、アンドレは架空の人物。ルイ16世や、マリー・アントワネット、ロベスピエール、マラー、ダントンは実在した人物だから、混同しないように。
マリー・アントワネットは、ハプスブルグ家が支配するオーストリア帝国の首都ウィーンからブルボン朝フランスのルイ16世王妃となるためにパリにやってきます。太陽王と言われフランスの絶頂期であったルイ14世なきあと、フランスは国力が衰えてきていました。
*令和版:制作が『進撃の巨人』『チェンソーマン』『呪術廻戦』のマッパ(MAPPA)
令和7年/2025年公開予定
*昭和版
*宝塚(タカラヅカ)版:フェルゼン編
ハンス・フォン・フェルゼンは実在した人物(スウェーデン人)。
アメリカ独立戦争にも参加している(ヨークタウンの戦いで武功をあげている)。
テルマエ・ロマエ
アニメ版
実写版
歴史上、初めてローマの地を訪問した日本人
歴史上、初めてローマの地を訪問した日本人は、戦国大名だった大村純忠(おおむらすみただ)公の名代(みょうだい)として日本を出発した、天正の少年使節団、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノ、伊東マンショの4名です。
*大村純忠と千々石ミゲルの親戚関係(おじさんと甥)
ローマ法と近代日本
さて、明治維新の時に、日本はヨーロッパ法を導入しました。ヨーロッパ法は、ローマ法が原点です。
日本の民法は、現在もローマ法のパンデクテン方式で書かれています。パンデクテンは、東ローマ帝国皇帝のユスティニアヌス1世(486年〜565年、日本では古墳の時代)時代に編纂(へんさん)されたものです。
マンガ「ベルサイユのばら」で描かれたフランス革命のあと、ナポレオンが登場し、ローマ帝国の法をまとめ、近代的なナポレオン法典を制定しました。
フランスからやってきた法学者ボアソナード
ナポレオンの登場から約100年。
明治政府は、フランスからボアソナードという人を日本に招き、近代国家として必要な法律の編纂(へんさん)をしました。
画像出典:法政大学現代法研究所
フランス法と明治大学。そして大村高校
大村高校の前身・五教館を出て、大村藩から奨学金を得て、上京し司法省法律学校一期生として入学した一瀬勇三郎(いちのせゆうざぶろう)先輩は、日本近代法の父といわれるボアソナードから直接教えを受けました。一瀬先輩は、ローマ法からつながるヨーロッパ法を直接フランス人から習得しました。
*司法省 法律学校の入学者に一瀬勇三郎(いちのせ ゆうざぶろう)先輩の名前があります。
なお、明治大学も、法政大学も、法律学校が出発点です。
*古代、初めて中華を統一した秦帝国、春秋戦国時代のことを紀元前に書いた司馬遷による史記と紀伝体、そして大村高校
フランス法律学校として開校した法政大学。そして大村高校
*法政大学第三代学長は、大村高校の前身・五教館出身の大島誠治(おおしま せいじ)先輩でした。
大島誠治(おおしませいじ)先輩は、大村生まれで、大村高校の前身・五教館(ごこうかん)出身。五教館卒業後、大村藩から奨学金を受け、東大の前身・大学南校に進学。
大村高校の前身・五教館で、一瀬勇三郎先輩の1学年下だったのが、大島誠治(おおしませいじ)先輩です。
大島先輩は、金沢大学の前身・第四高等学校第三代校長のあと、法政大学第三代学長でした。法政大学ホームページに大島先輩の写真がありました。
なお、大村の大島誠治先輩が校長時代に、大村の渡邊昇(わたなべのぼり)先輩(剣豪で、初代大阪府知事)が命名した第四高校の「無声堂」の建物は、実は、そのままの形で現在も保存されています。場所は、愛知県犬山市の明治村4丁目34番地です。
五教館の先輩後輩
付け加えると、大村高校の前身・五教館で、一瀬勇三郎先輩より四つ下だったのが、後に北海道農業の父とよばれ、北海道大学第二代学長となった南鷹次郎(みなみ たかじろう)先輩です。アメリカ人・クラーク博士より直接教えを受けています。