第一次大戦の最大の海戦「ユトランド沖海戦」+ 日本に第九(ベートーベンの交響曲第九番)が広まった理由

↑ユトランドの場所:デンマーク

ユトランド沖海戦の、よくできた動画があるので紹介します。

第一次大戦中 ドイツ V.S. イギリス がデンマーク(ユトランド半島)沖で戦った海戦。

第一次大戦ですから、まだ航空機がありません。空母がありません。つまり、艦隊による大砲の撃ち合いによる決戦なのです。

1916年5月31日〜6月1日

ドイツは、軍艦の設計思想がイギリスと違い、戦艦も戦車のような厚い装甲にしています。

wikipediaより

ドイツ艦隊は、イギリスに比べ射撃指揮が優れ命中率が高かった。また、ドッガー・バンク海戦の戦訓から弾火薬庫などの防御に細心の注意を払い、巡洋戦艦も防御力の強化を行っていた。さらに主力艦艇の主砲の最大仰角を引き上げ射程距離を伸ばす工事を実施していた。これらは海戦で重要な意味を持つようになる

ユトランド沖海戦の結果はドイツが勝ちましたが、残存戦力がイギリスの方が多かったのです。

wikipediaより

イギリスの損失は、合計14隻(3隻の巡洋戦艦を含む)、排水量にして115,000トンと兵員6,094名を失った。ドイツは合計11隻(1隻の巡洋戦艦を含む)、62,000トン、2,551名を失った。他にもイギリスの巡洋戦艦ライオンやドイツの巡洋戦艦デアフリンガー、ザイドリッツが大破する被害を負った。イギリスの損害のほうが大きかったが、戦闘終了後、イギリスには即時戦闘可能な弩級戦艦と巡洋戦艦が合わせて24隻残っていたのに対してドイツは10隻だけとなり、残存戦力でイギリス海軍が優勢を維持した。

日本は日英同盟により、イギリスの要請で、第一次大戦に参戦します。大村からは、帝国陸軍・歩兵46連隊が、ドイツ領だった支那(しな)の青島(ちんたお)に出陣しました。

第一次大戦後、大村では戦勝パレードが実施され、大村駅から大村神社まで赤じゅうたんが敷かれ、武功をあげた白馬の少尉が先頭でした。

↑捕虜になったドイツの軍人が、日本にベートーベンの交響曲第九をもたらしました。年末になると日本では第九が演奏されますが、第一次大戦の影響だったんですね。

*エヴァンゲリオンで用いられたベートーベンの交響曲第九番(第九)

実は、わたくし、第九の合唱隊に参加したことがあり、第九のドイツ語の歌詞を覚えました。半年ほど、毎日、練習しました。意味がわからないドイツ語でも、毎日くりかえしていたら、楽譜なしで、歌詞を暗記していました。

練習用のCDがパート別(ソプラノ、アルト、テノール、バス)に出ています。

発声が難しいところは、芸大の大学院を出たばかりの女性の先生に頼んで、個人レッスン三ヶ月ほど受けました。

そういう努力もあり、楽譜なしで、第九の合唱隊テノールのパートですが、歌うことができます。

3回(3年連続で)、合唱隊の一員として、蝶ネクタイで、ステージで歌ったことがあります。第九のドイツ語の歌詞はドイツ語古語で、ドイツ語ネイティブの人でさえ、意味がわからない部分があるようです。

*歌は第四楽章からです。
第四楽章は48分58秒より、合唱隊は50分12秒より

第一次大戦に参戦したおかげで、日本に第九が広まったのです。

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