この本には、第二次大戦が終結した日の、長与善郎(ながよ よしろう)の日記が掲載されています。43ページから106ページを参照してください。
長与善郎という人は、辞書である広辞苑第六版にも掲載されています。
(ながよよしろう)は、長与専斎(ながよせんさい)の四男。長与専斎は、大村高校の前身・五教館出身で、長崎大学医学部初代学長で、東大医学部学長にもなった人物。
長与善郎の子孫の方が、平成18年/2006年、大村市で講演されたそうで、盛況だったそうです。
平成14年/西暦2002年 1月開設、おかげさまで24年。当サイトの使命:先輩方の記憶と記録を、未来の後輩に届ける役目です。なぜなら、1670年(寛文10年)四代藩主大村純長(すみなが)公により、九州で1番、日本で2番目に設立(小学館発行・日本歴史大辞典による)され、今も続いている学校だからです。