同窓会も教員も忘れている?大村高校の歴史:天皇陛下の行幸を賜った日

昭和24年/1949年 5月25日、大村高校は、天皇陛下の行幸(ぎょうこう)を賜(たまわ)りました。

大村高校グランドに天皇陛下の奉迎場が設置され、天皇陛下がいらっしゃいました。

長崎県内の高校で、天皇陛下の行幸を賜ったのは、大村高校だけです。

古代、景行天皇が、大村(当時、長崎県などなく、彼杵の荘[そのぎのしょう]という名前だった)に行幸され、玖島(くしま)という地名を賜(たまわ)りました(肥前国風土記による)。

その、古代の景行天皇となじみが深い場所の「玖島」は現在も地名があります。玖島の隣、久原(くばら)に大村高校があります。大村高校は玖島学館(くしまがっかん)と言っていた時代がありました。

玖島も、昔は(景行天皇以前)は久原の久と同じで、久島という地名でしたが、景行天皇より、玖という字を下賜され、字が変更されました。このことは肥前国風土記に書かれています。

肥前(ひぜん=長崎県+佐賀県)国風土記 和銅16年(713年)完成:日本全国の風土記はありましたが、応仁(おうにん)の乱(1467−1477)などの戦乱で、全国の風土記の大半が焼けてなくなりました。

残っているもので完全なものは、出雲国風土記(島根県)、一部が欠損しているが残っているものに、播磨(はりま)国風土記(兵庫県)、肥前国風土記(長崎+佐賀)、常陸(ひたち)国風土記(茨城県)、豊後(ぶんご)国風土記(大分県)。他は残っていません。

大村高校の御幸橋(みゆきばし)の由来

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