数学で勝った日露戦争の奉天会戦(ほうてんかいせん)- 第1軍(黒木大将)参謀が大村の福田先輩

↑画像出展:左大臣ドットコム様より

↓動画:日本でもなくロシアでもない、イギリス人の分析。だから、日本の政治宣伝も、ロシアの政治宣伝も入っていない。
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奉天会戦は、数学と情報で勝ったことが分析されています。奉天会戦には、日本の第一軍(福岡の黒木大将)作戦参謀は、大村の福田雅太郎(ふくだまさたろう)先輩でした。福田先輩は、日露戦争のあと、台湾軍司令官から、陸軍トップの陸軍大将に昇進されました。

*福田先輩(陸軍大将時代)が、片町・本町をつなぐ鶴亀橋のところで写ったものが残っています。

【在校生向け】鶴亀橋(つるかめばし)ブルース:約90年前の片町と本町

wikipediaより

大村藩士・福田市兵衛の二男として現在の長崎県大村市で生まれる。大村中学校、有斐学舎(ゆうひがくしゃ、陸軍士官学校受験のための予備校)を経て、1887年7月、陸軍士官学校(旧9期)を卒業し、歩兵少尉任官、歩兵第3連隊付となる。1893年11月、陸軍大学校(9期)を卒業。

奉天会戦において、ロシア軍は18世紀のフランスのナポレオン時代から続く砲兵の伝統を捨てきれなかったのですが、日本は、今までヨーロッパ人が考えつかなかった作戦で勝利します。

この戦法は、のちの第一次大戦において、ドイツ、イギリスが日本のやり方を研究し、踏襲します。

日本では評価されていませんが、欧州では評価されています。日本のやり方を、その後100年もの間、各国が、踏襲するからです、

他に、当時のロシアの軍艦には、無線がありませんでした。日露戦争の時は、日本の帝国海軍には無線、帝国陸軍には動画のような有線通信がありました。

なお、この動画、日本軍の軍服が日露戦争当時の日本軍ではなく、第二次対戦中のドイツ軍の軍服になっていますから、軍服は、↑この動画を信用しないこと。

日露戦争当時の帝国陸軍の軍服は、ゴールデンカムイのものです。以下に動画を貼っておきます。正当な帝国陸軍の軍服です。

【動画あり】日清戦争、日露戦争、そして大村高校

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