首都圏なら、たいていの場合、通勤が電車となります。
電車通勤だと、通勤時間中に、本を読む時間を、毎日確実に確保できます。往復で、1日約2時間。メールの処理を除いて、1日90分を読書にあてることができます。ちりも積もれば山となる。年200日でも、90分X200日÷60=300時間。1年間で300時間、本を読む時間を持つことができます。クルマ通勤だとそうはいきません。
さて、まったく偶然に、予測さえしていない本で、大村高校(旧制大村中学)の先輩に出会うことがあります。
出会ったのは直木賞作家・出久根達郎(でくね たつろう)氏の「古書法楽」(こしょほうらく)という本の中です。新刊ではなく古本で購入したものです。
登場した大村の先輩は、大村高校・大村城南高校・大村市歌・長崎南校の校歌を作詞した福田清人(ふくだ きよと)先輩。登場するのは古書法楽の「金次郎の愛読書」の中。
もう1人、登場する先輩は、初代・大阪大学総長の長岡半太郎(ながおか はんたろう)先輩。古書法楽の「饅頭(まんじゅう)そうだ」中に登場。
私の小学生の時、相田(そうだ)という名字の人が同じクラスにいました。
この人に対して、クラスメイトが、「そうだ屋のソースケさんがソーダ飲んで死んだそうだ。葬式饅頭(そうしき まんじゅう)なかったそうだ」ということをふざけていう人がいました。
この「そうだ屋のソースケさん」のことは、なんと、関東でも、かなり昔から、歌われていたそうです。このことが書いてあります。この話が、どのようにして大村の長岡半太郎 先輩につながるのかは、この本をご高覧下さい。
大村人は、さまざまな本に登場しています。控えめな大村人も、少し自慢してもいいと思います。
長崎市や諫早市の人は、長崎市や諫早市を大きく自慢する人ばかり。それは、場所で、自慢できるだけだと思います。主役がいないので、場所を自慢するわけです。
大村の人は、大村を自慢しないのに、別の場所でたたえられ、銅像が、よその人からたてられたり(新潟で楠本正隆先輩、北海道・札幌で南鷹次郎先輩)しています。地元の自慢だけの長崎出身者・諫早出身者と、よそで貢献し、よそでたたえられる人を出す大村出身者。大きく違いますよね。
楠本正隆 新潟の銅像 記事はこちら
南鷹次郎 北海道・札幌の胸像 記事はこちら