【在校生向け】英国の首都ロンドンで紹介された大村、そして大村に滞在した幕末の英国人

リニューアル開館した神奈川県立歴史博物館に行ったところ、幕末(ばくまつ)、大村に滞在した英国人がいたことがわかったので報告します。

*神奈川県立歴史博物館

幕末(ばくまつ)とは?:江戸幕府の江戸時代の終わり頃、アメリカ太平洋艦隊の黒船来航[1853年]から、長州と共に大村藩も参戦し、五教館の先輩の皆様が戦い勝利した戊辰[ぼしん]戦争[1869年]まで。

*黒船を率(ひき)いて日本に開国を迫ったアメリカ太平洋艦隊ペリー司令長官:イラストレイティッドロンドンニュースより

神奈川県立歴史博物館は、横浜市のみなとみらい地区の馬車道(ばしゃみち)という場所にあります。

馬車道は、幕末、日本で初めてアイスクリームが販売された場所として有名で、現在も、当時の味のまま「馬車道アイス」が、ハーゲンダッツアイスクリームを製造している高梨[たかなし]乳業(横浜に本社を置く会社)によって製造・販売されています。

*神奈川県立歴史博物館の喫茶コーナで食べることができます

*馬車道アイス

幕末、大村に滞在したのは、日本で最初にマンガ雑誌を創刊したチャールズ・ワーグマンという英国人でした。神奈川県立歴史博物館の展示物を見ていて、ワーグマンがどのような人か、わかりました。そして、本、イラスト、展示物が掲載された本も購入し、調べていたら、ワーグマンが大村に滞在したことがわかりました。

*1886年、つまり大村高校の前身である私立大村中学校(1884年創立)の2年後に創刊された、ワーグマンのジャパン・パンチ

ワーグマンは、江戸時代の港町・長崎(江戸時代のオランダ貿易による旧時代の町)から、新しく開港したばかり港町・横浜(英米フランスとの外交の舞台になった、明治以降の新時代の町)に何度も往復し旅しています。

チャールズ・ワーグマンは、ILN・イラストレイティッドロンドンニュースの記者として来日していたので、各地に滞在するたびに、印象的なことはスケッチし、そのイラストは、ILN・イラスレイティッドロンドンニュースに掲載されました。

*ロンドンの位置

大村のことが英国ロンドンのILN・イラストレイティッドロンドン誌に掲載されたのは、1863年(文久3年)11月7日とありました。大村のことは、「生活が最上の町」と書かれています。大村は、当時から生活が充実していたようです。絵は、大村の目抜き通り(めぬきどおり)の旅館とありますから、現在の大村市本町でしょう。

ワーグマン 日本素描集より

ほかに、1861年10月26日号のILN・イラストレイティッドロンドン誌に、「大村で私たちの護衛をした火縄銃兵たち」というイラストも掲載されています。原本は、神奈川県川崎市の市民ミュージアムに所蔵されているとのことです。

当時の英国人を警護していたのが、大村藩でした。大村藩、大村の殿様、大村のサムライに関しては、英国の外交官アーネス・サトー(Ernest Satow)の「一外交官が見た明治維新」にも登場します。

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なお、大村市役所が刊行し、無料で配布されている「花と歴史と技術の町 大村」誌4ページに、作者名も引用元も書かれていないまいまま、ワーグマンの絵が掲載されています。

誰が、どこで、どのような理由で描いた絵くらい、大村市役所は掲載すべきではないでしょうか。名もない人が描いた絵ではないのですから。

なお、横浜市では、大村高校の前身である五教館(ごこうかん)の同窓会が明治時代に開催されたり、日本語をローマ字で表記するヘボン式ローマ字を考案したヘボンとともに、明治学院大学の創設メンバーとなった五教館(ごこうかん)の先輩も活躍しています。

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