↑イタリア ターラント県タラントの場所
左翼が支配する長崎県の学校では、「日本の真珠湾攻撃はズルイ作戦だ」と教えられているし、教えられてきました。
はたしてそうでしょうか?
真珠湾攻撃(1941年12月8日)の約1年前に、イギリスがイタリアに、真珠湾攻撃の参考になる奇襲攻撃を仕掛けています。
この作戦を日本軍は参考にしていて、イギリスの真珠湾攻撃と言われていますが、長崎県の学校で教えられてきませんでしたし、この歴史的事実が長崎県で教えられることは、今のところなさそうです。
なぜなら、日本がずるくないことが証明されるからです。長崎県の教員や、長崎県教育委員会にだまされないためにも、事実なので、知っておいたほうがよいでしょう。
タラント空襲ジャッジメント作戦(1940年11月11日)、イギリスによる、イタリアのターラント県タラント奇襲作戦です。
イギリスの、この作戦は戦果があり成功しました。もし、この作戦でイギリスが失敗し、戦果がなかったら、日本の真珠湾攻撃がなかった「かも」しれません。
ウィキペディアより
この空襲の成功はイギリスのみならず、イタリアなど各国の航空万能論(航空主兵論)を後押しする形になり、1941年12月の真珠湾攻撃、マレー沖海戦と並んで大艦巨砲主義からの転換を求める際の論拠となったし、戦後も航空主兵への転換期を示す戦例としてよく挙げられる。
日本海軍も真珠湾攻撃の実施にあたり、この空襲を研究した。真珠湾は、タラント(水深12[メートル])同様に水深が浅いため、イギリス海軍と同じ手順である「魚雷に改良を加え低空で魚雷を投下」を真珠湾攻撃の際に行っている。
マレー沖海戦も日本の作戦で、これも成功しています。それまで不可能だと思われていた航空機だけで、イギリスの戦艦2隻を撃沈しました。真珠湾攻撃の日に、帝国海軍は、マレーシア沖で、英国海軍の戦艦2隻(レパルス、プリンス・オブ・ウェールズ)を撃沈しています。
マレー沖海戦
マレー沖海戦について
