大村高校の前身・旧制大村中にやってきた東大・牧野富太郎(まきのとみたろう)博士のジン

高知に行ったときに買ったものです。

値段は覚えていません。ジンの味を語るほど当方は酒通(つう)ではないので、味の解説は省略します。

牧野博士は、明治40年(1907年)、大村を訪問されました。

以下は、旧制大村中学1期生で、ノーベル賞の朝永振一郎博士の父である朝永三十郎博士と大村で同期だった金滝先生の「野口山荘随筆」という、旧制大村中学開校からのことが書かれた本によります。

牧野博士と植物採集のことは1ページから26ページまで書かれています。また、千葉というのは地名ではなく人名で、郡(こおり)小学校の校長先生だった千葉氏で、ヒゼンマユミを発見された方です。

「ヒゼンマユミ」のことは以下に書きました。

大村市郡(こおり)小学校の校長だった千葉さんが発見し、牧野富太郎博士が命名したヒゼンマユミ(学名:Euonymus chibae Makino)

当時、大村市ではなく、東彼杵(ひがしそのぎ)郡大村町です。その玖島城で植物採集が、牧野博士と、旧制大村中の生徒、教職員有志によってなされたことが、後のページにも詳しく記されています。

「野口山荘随筆」という本は、全編280ページで二段組ですから、一般的な一段組の本なら560ページだと言えます。

ところで、何度も書かせていただきますが、野口山荘随筆(のぐちさんそうずいひつ)とは、大村高校同窓会本部が出版した本ですが、同窓会本部でも、東京同窓会でも、誰も読んでいない本のようです。

歴史があるのに、歴史に無関心な同窓会のようですので、当方がデジタル化しました(つまり全文の検索ができるということ、キーワード検索もできます)。そして全文に目を通しましたので、時々、話題を提供させていただきます。

野口山荘随筆と牧野富太郎博士

【在校生向け】牧野富太郎(植物学者)博士と大村高校

電子化しました(野口山荘随筆)

【同窓会向け】大村の先輩の著作をデジタル化(電子化)しました+教科書検定に合格した「国史」教科書とは?

野口山荘随筆に登場する大村とノーベル賞関係者

大村高校と湯川秀樹(日本人として初のノーベル賞受賞)

野口山荘随筆に関して

【在校生向け】大村高校マラソン大会は、すでに100年を越えた歴史があります

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