●旧制大村中学校校歌は、昭和3年/1928年11月制定されました:校歌制定エピソード
大正13年/1924年、鹿児島から、二高(*東北大学教養部)、東大卒の広田 和(かのう)校長が来任された。
広田校長の二高(東北大学教養部)時代の恩師が、当時、二高教授だった詩人の土井晩翠(どい ばんすい)氏であった。
*土井晩翠
80才で逝去された土井晩翠氏
*大村高校と東北大学の縁は、東北大学工学部の創設者が、大村高校の前身である五教館出身の長岡半太郎(大阪大学初代総長)。
長岡半太郎先輩と東北大学
*長岡半太郎先輩とはどんな人物だったのか?
一部抜粋です。
*出典:「かわりだねの科学者たち」仮説社
二高(東北大学教養部)→東京大学卒の広田校長の特別の依頼で、できあがった魂のこもった作品が、旧制大村中学校歌(大村高校百年史P110、旧制大村中学文芸誌・玖城 昭和8年号による)。
作曲された山田耕筰(やまだこうさく)氏の自筆楽譜は、大村高校図書館に所蔵されている。
13秒より山田耕作氏登場
制定されたのは、旧制大村中学
30回卒が5年生、
31回卒が4年生、
32回卒が3年生、
33回卒が2年生、
34回卒が1年生の時だった(旧制中学は5年制。成績優秀者は4年で卒業・進学が可能だった)。
△昭和8(1933)年から昭和63(1988)年11月まで55年間使用された旧校舎。
●旧制大村中学校歌:作詞 土井晩翠(どい ばんすい)
土井晩翠(どい ばんすい)氏の経歴
宮城県仙台市出身 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を師と仰ぎ、東京大学英文科卒。母校・仙台の旧制二高(東北大学教養部)で英語を教えながら、処女詩集「天地有情」を発表、島崎藤村と詩壇を二分した。
昭和二十五年に文化勲章を受賞、仙台市名誉市民。また、「荒城の月」(滝廉太郎 作曲)の作詞者
土井晩翠が作詞した校歌(大学・高校)
1.大学:東京工業大学・旧都立大学、大阪大学(大阪大学初代総長は、大村久原出身・長岡半太郎[1865-1950])、神戸大学、神戸商船大学など
2.高校:大村高校、北野高校(大阪)、秋田高校(秋田)など
●作曲 山田耕筰(やまだ こうさく)
東京出身 東京音楽学校(現在の東京芸術大学)卒。ドイツ帝国の首都ベルリンに10年間留学。
帰国後、東京フィルハーモニーに管弦楽部を創設。
日本楽劇協会・日本交響楽協会を設立。日本の洋楽普及に多大な貢献をした。