大村市の観光資源と長崎県の教会群に関して

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参考になる長崎県の教会群巡礼ツーリング。鮮明な写真による解説が3つありましたので、貼っておきます。

さて、大村は、もう少し、わかりやすく詳しい、観光客用説明のパンフレットなど発行したほうが良いと思います。

大村はキリスト教の悲しい歴史ばかりではなく、大村寿司がカステラより150年古いという話、大村喜前公の朝鮮出兵、なぜ玖島城が海城になったのか、加藤清正公と大村のつながり、関ヶ原の合戦の時なぜ徳川方だったのか、深沢義太夫の話、郡崩れ、現・広瀬大分県知事の先祖を大村に招いた話、角館とのつながり、その他、さまざまな歴史的な話があふれているので、

1.コンパクトにまとめ、
2.看板も作成し、予備知識のない人に伝える努力をし
3.わかりやすく、パッと見てわかるパンフレットも作成(定期的に更新が必要)

したほうがいいです。

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他に、現在の大村高校の場所から、16世紀のお墓が見つかり、お墓の中から16世紀のスペイン造幣局発行のメダルが出て、ローマ法皇が来日した際、ご覧になった話があります。

驚くべきことは、お墓に埋葬されていた方の家が、現在も絶えることなくつづいていたことです。ローマ法皇来日時、お墓に埋葬されていた家の子孫の方は、親和銀行の銀行員で、名字(みょうじ)が16世紀から同じでした。ただ、キリスト教の信仰は捨て(大村喜前公の時代に)、それから現在まで仏教だということでした。大村にはそういう家が多いですよね。

深沢義太夫が私財により建設した野岳湖

深沢義太夫が私財により建設した野岳湖

名字は変わっていますが、野岳湖を私費で造築した深沢義太夫(ふかざわ ぎだゆう、大村純長公と同時代の人)の家も続いていますよね。大村高校も、1670年の大村純長(おおむら すみなが)公による集義館の開校が発祥ですし。

*大村純長(おおむら すみなが)公は、江戸育ちで、江戸(現在の東京)弁でしゃべっていたのです。大村で、家来や商人、あるいは深沢義太夫が大村弁だったのですから、どの程度コミュニケーションがとれていたのか、今後の研究が待たれます。

画像:「天正遣欧少年使節のたび」様より
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本題に戻りますが、観光の話。

団体旅行がメインだった団塊の世代とは違い、それ以下の世代は、個人旅行が中心です。

家族、あるいは小グループで、新幹線(鉄道)で駅か飛行機で最寄りの空港に到着したら、あとはレンタカーで、ガイドブックを自ら読んで、カーナビや標識を見て、楽しむような旅になっています。

そのために必要なことは何か。おわかりでしょうか?気がついている観光地はうまくヒットし、気がついていないところは淘汰され、さびれてゆくようです。

画像:「天正遣欧少年使節のたび」様より
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まだ、長崎県内は、気がついていないところがほとんどのように見えます。大村も、知恵を出し合い、予算も出して、改善してゆく必要があります。

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空港があり、高速道路の次は、まもなく新幹線も開通し、21世紀から22世紀へむけての交通の要衝となりつつある大村。

空港・高速道路・新幹線が近くにそろう便利な都市は、九州では3都市のみ。福岡市、北九州市、そして大村市。熊本市、鹿児島市は市街地から空港が遠すぎますから、利便性に欠けます。大分市、宮崎市は新幹線が、当分の間、開通する見込みがありません。

大村市を中心とした長崎県

大村市を中心とした長崎県

大村には歴史的な資産と、おもしろい話もたくさん残っているのに、「大村には何もない」とか「大きな村だ」という変な人がいますから、そのような方は無視して、着々と、観光資源を整備してゆく必要があると思います。

大村市資料館より引用
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大村は空港があり、まもなく新幹線も開通します。新幹線開通までに、きちんと整備できれば、必ずヒットします。

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