↑埼玉県の大宮に行きました。宇宙劇場というものがありました。プラネタリウムでした。
ネットとメールがなかった時代、授業中の連絡はどうしていましたか?
先日、実家の建て替えの話で、「(お前の)荷物を片つけて欲しい」と連絡があり、三人で大村に帰省。
帰省(きせい)と言っても、東京・羽田空港から大村・長崎空港まで、飛行機で2時間です。大村の長崎空港から実家までは、大村市内ですから、たいして時間はかかりません。
さて、授業中に同じクラスの生徒同士で、席が離れていて連絡をとる場合はどうしていたのでしょうか?思い出せますか?
アニメにあるように、現実も、メモ用紙に連絡文を書いて、となりの人に頼み、先生が板書して生徒に背中を向けているスキに、一人づつリレーして、回していました。
私の高校2年の時、授業中に回ってきた手紙が、数十年して、たまたま片つけしていた荷物の本にはさまっていて、出てきました。
大村高校時代(2年の時)、授業中にやり取りした手紙が出てきました。以下、写真と共に解説します。
おもて面
↑おもて面1行目の「▪️▪️くん」というのは私の名前。2年の時、実は文化委員長でした。全校合唱の打ち合わせで、「●●さん」という人が都合が悪くなったので、その連絡。放課後、私に何かを決めて欲しいとの連絡です。
↓うら面最後の▪️▪️というのは差出人の女性で、生徒会の副会長。本来は文化委員会には出ない生徒会副会長が、●●さんが出席できないため、出席するとのこと。
差出人は選挙で当選した女性で、生徒会副会長の役職です。
受取人は私で、文化委員会の委員長の役職ですから、差出人の口調が上から目線になっています。
内容は、会社なら、「上の執行役員(取締役)から、部下の部長に対しての緊急のメールで、すぐに返事を求められている」といった感じです。
ただ、プロジェクトを成功させるために協力を求め、全力で青春している感じが出ています。
うら面
あとになってわかったこと
まるで、大人になってふりかかってくることを高校時代、しかも16歳の時に経験していたのです。
たくさんの人が関わる仕事の責任者になっているけれど、
↓
重要な人が顔を出さない
↓
期限がせまってきている
↓
重要な案件が決まっていない
↓
なんとしても成功させたい
だから、問題を解決するにはどうすれば良いのか?
勉強とは関係ないことで、高校時代、たくさんの人と協力しながらプロジェクト(この場合は全校合唱)を成功させるにはそうすればいいのか、うまくいかない問題がふりかかってきたら、どうやって切り抜ければ良いのかを、すでに16才で経験していたのです。
上記の手紙を見てわかったのは、これって会社の仕事と同じ責任あることでした。同じではないのが、金銭を伴わないこと。会社では、うまくいかないと、金銭的損失が伴い、損しますけど。損をするとボーナスが減ったりしますけど。
コスパやタイパだけで考えていては将来を乗り切れない?
「今は必要ない」「勉強に関係ない、コスパ悪いから切り捨て」と捨てていると、後で、まったく予期しないときに、捨ててしまい取り返しがつかなくなり、「必要なこと、必要なものが自分に身についていない」ということが、その時に初めてわかるのです。
たとえば:高校時代、気が強い女性たちと学校の仕事をしました。私は文化委員長だったので。
親の意見
私の親は「成績につながらないことはやめろ」「勉強だけしていればいい」「利益にならないことはするな」「ムダなことはやめろ」(現在で言えば、コスパやタイパが悪いムダなことはするな)と言っていました。
親は「今だけ、金(成績)だけ、自分だけ、でいい」という考えが強く、まったく意見が合いませんでした。
田舎の学校の先生と同じで、親は東京を中心とした我が国の社会がどうなっているか、当然ですが知らなかったのです。
しかし、私は、親の言うことは聞かず、面白いのでやめませんでした。正解だったと思います。
その時(高校の時)は、後の人生で、これが(勉強とは関係ないこと)何の役に立つのかわかりませんでした。
ただ、高校の時は、たくさんの人(上の学年、下の学年、同じクラスではない人たち)と関わって、同性とも異性とも信頼関係を築いて、一人ではできないプロジェクトを成功させるようなことが、面白かっただけなのです。
それからの世界
それから大村高校から東京の大学を出て、就職し入社しました。高2から6年くらい立ちました。
就職した会社は、女性が超高学歴の会社でした。気が強い女性がたくさん。最初の上司で、私に仕事をきびしく教えてくれたのは、早稲田大学政経学部卒で東京出身の人でした。
何が言いたいのか?
高校時代、同性とも、異性とも、きちんとコミニュケーションして、他人と信頼関係を築く訓練ができていたので、やる気があって、気が強い女性たちとも仕事をしていたおかげで、接し方に慣れていたし、うまく乗り切れました。
中高一貫の男子校出身者など、男だけで勉強だけで6年間もやってきた人たちは、なかなか女性上司とコミニュケーションがうまくとれなくて(中学高校6年間、永遠に取り戻せない10代の最も重要な時期、異性がいない環境なので、異性との自然なコミニュケーション訓練ができないままで大人になる人生)、精神面で大変な人生になりそうです。
管理型中高一貫受験校(長崎県は青雲学園、佐賀県は弘学館)のイメージ(管理型でエサ[知識]を無理やり詰め込む方式)
:大学合格後、エサを与えられなくなると、自ら学習する意欲がなくなるようです。また、同性とも異性とも深いコミニュケーション訓練ができない隔離された環境に身を置いてきたため、同性異性と信頼関係がきちんと築く訓練をなされないままで、大学入学ですべての人生が終了した人になるようです。
実際、青雲と弘学館は、大学入学後に留年者ばかり出す高校(大学合格で全てが終わる生徒を送り出す高校)として全国的に有名になってきました。
青雲(長崎)や弘学館(佐賀)は、大学までの人で、人生終わり。そうならないようにしましょう。
10代という貴重な時期
10代という重要な時期に、社会から隔離され、学校で与えられる知識だけで、ただ勉強だけだった人たち。何か重要なことが身についていないままの人生になっているのでは?
大学は、高校や会社と違い、嫌いな人とは顔を合わなくてすむことが多いのです。だから、人生のトレーニングにはならないのです。
私は、高校時代、親の言うことを聞かず、タイパもコスパも悪い、学校での仕事をしていて良かったです。
授業や勉強とは別に、さまざまなチャンスをくれた高校の行事に感謝してます。
第二次大戦前の男子のみの社会と違い、現在の社会は、男女が一緒に仕事をしていくのだから、男子校や女子校で過ごすと、コミニュケーションがその後の人生でうまくいかないのでは?と思います。