【北京の55日、義和団の乱】中学・高校教科書に掲載されていない、日本と多国籍軍の写真です

上記の写真は、教科書には掲載されていません。

写真は、西暦1900年(明治33年)、「扶清滅洋(ふしんめつよう)」をスローガンにした義和団を背景に、支那(シナ)の清(しん)国が、8か国の多国籍軍に宣戦布告し、戦争になった「義和団の乱」の、多国籍軍の写真です。

戦争の結果、清国が負けました。

上記の写真は掲載されていませんが、下記の写真が教科書に掲載されています。

多国籍軍:右より
英国(イギリス)軍、アメリカ軍、オーストラリア軍、英国インド植民地軍、ドイツ軍、フランス軍、オーストリア=ハンガリー帝国軍、イタリア軍、日本軍

義和団の乱とは?

義和団の乱に関してはアメリカ映画「北京の55日」というものがあります。
”This is the forbidden city of Pekin” :「これは北京の紫禁城(しきんじょう)」
というナレーションから始まる映画です。中国では上映禁止、放送禁止になっている映画です。映画で事実が知れ渡ると、日本にだけ文句を言う中国のウソがばれますから。

日本も英国も、支那(シナ)人に対して土下座することを拒否しました。英国が、土下座を拒否する場面(土下座用の枕を足げりする場面)が映画に描かれています
*1分27秒より:英国が三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)のための枕を足で蹴(け)る場面

**日本と英国、そして多国籍軍が拒否したのですが、朝鮮民族が清国におこなっていた三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)という尻をあげる土下座

**韓国人は現在も三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)をおこなっています。売春婦像に韓国人が三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)をおこなっている姿

*清国に勝利した多国籍軍の行進。日本軍は2分30秒より。俳優の伊丹十三(いたみじゅうぞう)が日本軍の司令官役で登場しています。

*北京に駐留する多国籍軍の各国の国歌:「君が代」は12秒より

ただ、史実は、総司令官はイギリス、最も多くの派兵をおこなったのは日本とロシア。アメリカは活躍していないのですが、アメリカ映画のため、アメリカ軍が最も活躍した映画になっています。

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