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<title>長崎県立大村高校30回 ( 昭和53/1978年) 卒 同窓会</title>
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<modified>2008-02-26T09:15:09Z</modified>
<tagline>長崎県立大村高校30回/昭和53(1978)年卒 :: 今と昔、写真を切り口にして。</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2008, 管理人</copyright>
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<title>日本語高速入力（約２倍）のノウハウ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/02/post_60.php" />
<modified>2008-02-26T09:15:09Z</modified>
<issued>2008-02-25T16:50:27Z</issued>
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<created>2008-02-25T16:50:27Z</created>
<summary type="text/plain"> こちらの続きです。 Q2.安く、親指シフトを導入するには？ A.既存のキーボー...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>雑談</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p><br /></p>

<p><a href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/02/post_59.php">こちらの続き</a>です。</p>

<p><br /></p>

<p><strong>Q2.安く、親指シフトを導入するには？<br />
A.既存のキーボードにテプラでテープを貼る＋親指ひゅんをダウンロードしてイ<br />
ンスト－ルする。</strong></p>

<p><br /></p>

<p>図で示します。以下の２枚の写真をご覧ください。</p>

<p><br /></p>

<p><img src="http://farm3.static.flickr.com/2152/2291001031_165a5b62e5.jpg" /></a></p>

<p><br /></p>

<p><img src="http://farm4.static.flickr.com/3167/2291000517_f51575ecf5.jpg" /><br />
<br /></p>

<p>親指シフターの文章は長い。なぜなら、短時間で高速入力できるからだ。どんなにトレーニングしても、ローマ字入力の２倍程度のスピードで入力できる親指シフトにはかなわない。時間の節約になり、思考の速度に近い感触で、入力できるのだ。ただし、IMEが<a href="http://www.atok.com/">ATOK</a>の場合です（変換効率が高いため）。MS-IMEはダメです。誤変換が多く、まるで、最近のゆとり教育で育った大学生並みなので。</p>

<p><br /></p>

<p>問題があるとすれば、猜疑（さいぎ）心が強く、新しいことがすぐに頭に入らない、あなたにはやっぱり無理かな？<br />
<br /></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>あなたはまだ知らないの? 日本語を高速入力する方法</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/02/post_59.php" />
<modified>2008-02-25T17:21:10Z</modified>
<issued>2008-02-21T21:34:39Z</issued>
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<created>2008-02-21T21:34:39Z</created>
<summary type="text/plain">日本語を高速入力する方法を身につけよう 日本語の入力方法は、大半の人がローマ字入...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>雑談</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p>日本語を高速入力する方法を身につけよう<br />
<br /></p>

<p>日本語の入力方法は、大半の人が<strong>ローマ字入力</strong>だ。日本語なのにローマ字変換をしながら入力をしなければならない。たとえば、「か」を入力するのに、kとaを二回も打鍵（だけん）しなければならない。つまり、二倍の入力時間がかかっている。<br />
<br /></p>

<p><strong>かな入力方式</strong>も文字がキ－ボードの四段にわたって配列されていて、これまた、指を動かす回数が大きく、能率的ではない。<br />
<br /></p>

<p>もっと効率が良い方法はないのだろうか？<br />
<br /></p>

<p>実は、ある。<br />
<br /></p>

<p><img src="http://farm3.static.flickr.com/2234/2283156206_5de46f48a8.jpg"/></p>

<p><br /><br />
いままで、日陰のような扱いにされてきたが、知っている人は知っていて、きちんと使い続けられてはいた。経済的な競争が激しくなるなか、効率的に時間を活用するため、再び日があたりはじめたように思う。</p>

<p><br /><br />
<br /></p>

<p>日本語を高速に入力できる方式は、富士通の神田氏が開発した親指シフトとよばれる入力方式だ。人にもよるが、日本語の場合、ローマ字入力の最高二倍くらいの高速入力ができるのだ。つまり、時間を半分に節約できる。</p>

<p><br /><br />
<br /></p>

<p>そんな、おまえは、解説だけで、親指シフトなど使ってはいないのだろう？と、あなたは私に言うかもしれない。だが、あなたのそのような考えは、間違いだ。見方を変えたほうがいい。</p>

<p><br /><br />
<br /></p>

<p>私は、1986年、はじめて購入したワープロが、富士通の<strong>親指シフト</strong>のオアシスだ。パソコンが企業に普及していなかったころ（1995年くらいまで、各企業は、システム部や情報通信ネットワーク部を除き、紙と電卓を前にして仕事をしていた）、ワープロを購入して親指シフトも覚えた。</p>

<p><br /><br />
<br /></p>

<p>高速入力ができるのだが、非効率的なローマ字入力の方が先に普及してしまい、親指シフトは、富士通ファンや、親指シフトの実力を知っている特定のマニア（私など）や、日本語の高速入力が必要不可欠な作家、あるいはライターの方たちだけが使用するものとなっていた。ただ、だんだん状況は変化しつつある。</p>

<p><br /><br />
<br /></p>

<p><img src="http://farm4.static.flickr.com/3252/2282368373_5bba28a74f.jpg"/><br />
<br /></p>

<p>では、どうすれば、親指シフトの入力方式が可能なのか？</p>

<p><br /><br />
キー配列を変換するソフト（無料）を導入して、キーボードにテプラなどで、シールをはれば、親指シフト入力方式のキ－ボードができあがる。辞書は、ATOKなどがそのまま使える（現在、私はこの方法）。少し投資できる人は、親指シフトの変換ソフトとキーボードをアマゾンで購入すれば（以前、私はこの方法だった）、すぐにできる。<a href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/02/post_60.php">参考写真はこちらです</a>。</p>

<p><br /></p>

<p>会社ではローマ字入力。自宅では、親指シフトだ。親指シフトのおかげで、時間をムダにしないで、日本語を入力できるので、効率的にＨＰとブログを運営できている。</p>

<p><br />
<br /><br />
さて、参考になるサイトをリンクしておきますので、時間をムダにしない高速入力を身につけたい人はチャレンジしてください。</p>

<p><br /></p>

<p><strong>Q1.</strong>もっとも簡単に親指シフトを導入する（1万5000円の投資）には？<br />
A.富士通の親指シフトキーボード＋親指シフト変換ソフトを導入する。</p>

<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=B00008BOBT%26tag=omurahighscho-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/B00008BOBT%253FSubscriptionId=0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31TqBwZ%2BMgL.jpg" border="0" alt="Japanist 2003" /></a><br /></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=B00008BOBT%26tag=omurahighscho-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/B00008BOBT%253FSubscriptionId=0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2" target="_top">Japanist 2003</a><img src='http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=omurahighscho-22&l=ur2&o=9' width='1' height='1' border='0' alt='' /><br /><br /><strong>関連商品</strong><br /> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000FHOZXQ/omurahighscho-22/ref=nosim/" target="_top">富士通 親指シフト キーボード FKB8579-661EV</a><br /> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887595441/omurahighscho-22/ref=nosim/" target="_top">無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法</a><br /> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887595867/omurahighscho-22/ref=nosim/" target="_top">無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法</a><br /> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887595727/omurahighscho-22/ref=nosim/" target="_top">無理なく続けられる年収10倍アップ手帳2008</a><br /> <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0012UFCYQ/omurahighscho-22/ref=nosim/" target="_top">Buzan's iMindMap日本語版スタンダード・エディション</a><br /></font><font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>

<p><br />
<br /></p>

<p><strong>Q2.</strong>安く、親指シフトを導入するには？<br />
A.既存のキーボードにテプラでテープを貼る＋<a href="http://nicola.sunicom.co.jp/info3.html">親指ひゅんをダウンロード</a>してイ<br />
ンスト－ルする。<a href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/02/post_60.php">こちらの写真をご覧ください</a>。</p>

<p><br /><br />
<strong>Q3.</strong>高速入力を身につけるには？<br />
A.練習するのみ。打つべし！打つべし！打つべし！<br />
しばらくすると、ローマ字入力の非効率さが身にしみてわかってきます。</p>

<p><br /><br />
参考サイト：<br />
<br /><br />
<a href="http://nicola.sunicom.co.jp/">日本語入力コンソーシアム</a><br />
<br /><br />
<a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%bf%c6%bb%d8%a5%b7%a5%d5%a5%c8">その１</a> | <a href="http://d.hatena.ne.jp/summercontrail/20071225/sonoyubi">その２</a>  |  <a href="http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2008/01/post_b94d.html">その３</a> | <a href="http://sio-gadget-blog.blogspot.com/2008/02/blog-post_11.html">その４</a><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>なぜ文科系は東京の大学に進学するほうがいいのか</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/02/post_54.php" />
<modified>2008-04-07T03:08:11Z</modified>
<issued>2008-02-08T21:36:12Z</issued>
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<created>2008-02-08T21:36:12Z</created>
<summary type="text/plain"> 前任の教頭先生（30回卒1年次、1975年）は、あたらず・さわらずで何も言わな...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>高3時代</dc:subject>
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<![CDATA[<p><br /><br />
前任の教頭先生（30回卒1年次、1975年）は、あたらず・さわらずで何も言わない、見て見ぬふりタイプの森教頭（野母崎出身）だった。<br />
<br /><br />
朝、「おはようございます」と私が元気よくあいさつしても、いつも無視する人だった。翌年（1976年)長崎西高に転出された。<br />
<br /><br />
古門教頭は、30回卒が2年時の4月に、五島高校から大村高校に赴任された。<br />
<br /><br />
<img alt="1furu.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/1furu.JPG" width="500" height="333" /><br />
<blockquote>写真は、1976年の古門教頭先生。高校総体入場行進。長崎・松山</blockquote><br />
<br /><br />
前任の森教頭が覇気（はき）のないタイプで、まるで毎日がお通夜のようにシーンとした人だったのに対して、古門教頭は、元気良く、ハキハキしゃっきりとした、まるで繁盛するお店で人をむかえるような人だった。<br />
<br /></p>

<p>前任の教頭先生（野母崎出身）とは違い、新任の教頭先生は福岡出身だった（正確には小倉）。<br />
<br /><br />
ご存じのように、静かでおとなしい長崎の男とは違うタイプが、福岡では求められる。元気の良さや男ぶりの良さは長崎では求められない。古門教頭は福岡出身だったことが影響していたのだと思う。<br />
<br /><br />
私の母親は福岡出身だ。私は母親から商業都市である福岡市風に「挨拶は相手がする前に、自分から大声で元気よくしろ」と育てられた。だから、子供の時から、いまも、そうしている。<br />
<br /><br />
<a href="http://www.flickr.com/photos/kozakai/2360555179/" title="book title: Hakata (Fukuoka-city,Japan) by **Samurai, on Flickr"><img src="http://farm3.static.flickr.com/2416/2360555179_09836f3bb3.jpg" width="375" height="500" alt="book title: Hakata (Fukuoka-city,Japan)" /></a><br />
<br /></p>

<p>実は、高2の時に、こんなことがあった。誰もおぼえてはいまい。<br />
<br /><br />
それは、始業式の日だった。正確には高校2年（1976年）の9月1日だった。<br />
<br /><br />
始業式では、教頭が、学期初めの挨拶をする。普通のつまらない話のあと、「大村高校では、みんなあいさつをしない。あいさつは、ルールを守る第一歩なのだ」などという話になった。<br />
<br /><br />
そこまではいい。<br />
<br /><br />
「この中で1人だけ、毎朝、きちんと元気よくあいさつする人がいる。2年のＸＸくんだ。ＸＸくんを見習って、元気よくあいさつするように」と、教頭が新学期の話をしめくくられた。<br />
<br /><br />
「ＸＸくん」というのは、私の名前だった。名指しで、全校生徒の前で発表された。寝耳に水というか、青天の霹靂（せいてんのへきれき）というか、ひょうたんからコマといった感じだった。</p>

<p><br /><br />
教頭がほめてくれたのもいい。<br />
<br /><br />
<img alt="2furu.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/2furu.jpg" width="361" height="268" /><br />
<blockquote>写真は、1977年の古門教頭先生。高校総体入場行進。長崎・松山</blockquote><br />
<br /><br />
しかし、当時の大村の方々は心が広くなかったし、嫉妬深かった（今は違うかもしれない）。狭い世界だ（これは今も同じだ）。なんであんな奴（あんな奴＝つまり私のこと）が、全校生徒の前でほめられるんだ？と思われたのだろう。<br />
<br /><br />
それから数か月、クラスの全員が、私と口を聞かなかった。いまの子なら、いじめられたと落ち込むだろう。ただ、私はそうは考えなかった。<br />
<br /><br />
<a href="http://www.flickr.com/photos/kozakai/67313154/" title="夏祭り kawasaki station by **Samurai, on Flickr"><img src="http://farm1.static.flickr.com/32/67313154_cab268b9bc.jpg" width="500" height="268" alt="夏祭り kawasaki station" /></a><br />
<br /><br />
こんな町（大村市）、高校を卒業したらさっさと出ていくのだ、東京の大学へいくのだ、と、思っていた（そうなった）。<br />
<br /><br />
実は、大村高校から東京大学にすすんだ親戚（今は、工学博士で大学教授で、九州内の国立大学（法人）の学部長。ひとことで書けば、物理学者）の影響も大きかった。<br />
<br /><br />
大村の親類からは、文科系は田舎の国立大学ではダメだと言われていた。また、博多の親類からも、文科系で田舎の大学なら、小さな人間で終わってしまうぞ、九州や、地方の狭い世界で満足してはいけない。東京から見下ろしてこそ、本当の日本が、世界が見えてくるなどと、言われていた。（<strong>だから、10代後半から20代前半の重要な時期に、東京の大学に行かなければ、視野の狭い人間で終わってしまうぞ</strong>）、などと。<br />
<br /><br />
たしかに、山にのぼってみると、上から見下ろす世界と、下から見上げる世界では、見える景色が違う。上からのほうが、全体をはっきり見わたせるのだ。経験がある人も多いと思う。<br />
<br /><br />
<a href="http://www.flickr.com/photos/kozakai/89600851/" title="筑波エキスプレス秋葉原駅/Akihabara Sta.Tsukuba Express line by **Samurai, on Flickr"><img src="http://farm1.static.flickr.com/28/89600851_8cc390ff35.jpg" width="500" height="375" alt="筑波エキスプレス秋葉原駅/Akihabara Sta.Tsukuba Express line" /></a></p>

<p><br /><br />
社会人となり、採用の側にまわってみると、「なぜ東京の大学に入らないで田舎の大学に入って、わざわざ東京の企業に就職したがるのだろう？」ということや「社会のことをあまり知らない田舎教師からすすめられ、偏差値だけで、地方の大学に入るようにさせられているのだろうか？」という疑問もわく。<br />
<br /><br />
何かを求め、チャレンジ精神のある人は、みんな東京（東京や横浜出身の人はアメリカを）をめざしている。「自分の力で東京に出たんだ」という証（あかし）が、東京の大学に入ることなのだ（企業では、そう評価することもある）。<br />
<br /><br />
実際、10代後半から20代前半の重要な時期に、東京生活を体験したものとそうでなかったもののギャップは一生埋められない、と思う。<br />
<br /><br />
調べようとしないで（情報を分析しないで）、新しいことは何でも反対ばかりする教員たちのように、あなたがならないためにも（私の中学、高校時代に、そのような教員たちを見てきた経験より/もちろん、そうではない立派な先生もおられた）、情報のあふれる東京で、これからの時代に必要とされる、すばやく確実に、しかも大量の情報を、限られた時間で処理し、そして意思決定できる能力を身につけるためにも、東京に出なければ、東京の大学に入らねば、ならないのだ。<br />
<br /><br />
田舎ではそのような能力は身につかない。なぜなら、情報も刺激も乏しいからだ。<br />
<br /><br />
<a href="http://www.flickr.com/photos/kozakai/75625237/" title="横浜にて　Yokohama,Japan by **Samurai, on Flickr"><img src="http://farm1.static.flickr.com/9/75625237_391d08310d.jpg" width="500" height="375" alt="横浜にて　Yokohama,Japan" /></a><br />
<br /><br />
また、小・中・高と、一見おとなしそうだが、きびしく、気が強く、文句ばかりいうタイプの女性が長崎県（大村）には多かったように感じられたので（今は違うかもしれない）、こんな町は早く出て行かなければとも思っていた。<br />
<br /><br />
クラスメイトから無視された私は、わずらわしいクラスメイトとのつきあいがなくなり、楽になった。Freeだ。私はクラブをやっていたので、<strong>クラス</strong>で会話がなくとも<strong>クラブ</strong>で会話があった。<br />
<br /><br />
高校時代は、そんなに楽しいものではなかったが、写真を見ると、楽しそうだ。そんなものかもしれないなぁ。<br />
<br /><br />
<a href="http://www.flickr.com/photos/kozakai/170392333/" title="DSCF0100 by **Samurai, on Flickr"><img src="http://farm1.static.flickr.com/63/170392333_2df656c804.jpg" width="500" height="375" alt="DSCF0100" /></a><br />
<br /><br />
ところで、この話には後日談がある。<br />
<br /><br />
高校3年（1977年）の9月1日に、教頭先生は、また、全校生徒の前で、同じ話をされた。また、私の名前が発表された。<br />
<br /><br />
今度は、クラスでは、誰も私を無視しなかった。というより、3年で、勉強が忙しく、みんなそれどころではなくなっていた。<br />
<br /><br />
いじめや無視は、ヒマだからするんだろうか？忙しければ、人を無視して遊ぶ余裕はなくなるのかもしれないなぁ。<br />
<br /><br />
そう思いながら、今日も、日経新聞と本をバッグにつめこみ、私は、朝の駅へと急ぐのだった。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>同窓会サイトプロジェクトの企画案（マインドマップ）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/post_57.php" />
<modified>2008-01-28T13:22:48Z</modified>
<issued>2008-01-27T21:29:57Z</issued>
<id>tag:omura-highschool.net,2008:/30//2.233</id>
<created>2008-01-27T21:29:57Z</created>
<summary type="text/plain">同窓会サイトプロジェクトの企画案をマインドマップでお知らせします。 案です。未定...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>コンセプト</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p>同窓会サイトプロジェクトの企画案をマインドマップでお知らせします。<br />
<br /><br />
<a href="http://omura-highschool.net/30/an2.JPG"><img alt="an2.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/an2-thumb.JPG" width="500" height="259" /></a><br />
<br /><br />
案です。未定の部分や改良の余地もありますが、立ち止まってはいられません。連絡はメールにて。なお、<a href="http://omura-highschool.net/modules/wordpress/index.php?p=156">マインドマップに関してはこちらをご参照ください</a>。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>フロントページはここだ！</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/post_56.php" />
<modified>2008-01-24T17:32:49Z</modified>
<issued>2008-01-24T17:30:03Z</issued>
<id>tag:omura-highschool.net,2008:/30//2.232</id>
<created>2008-01-24T17:30:03Z</created>
<summary type="text/plain"> フロントページを作成しました。 作成ページ元はこちらです。...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>雑談</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p><br /><br />
フロントページを作成しました。<br />
<br /><br />
<img alt="or.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/or.jpg" width="497" height="595" /><br />
<br /><br />
作成ページ元は<a href="http://www.oreillymaker.com/link/2188/30/">こちらです</a>。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>長崎東に留学していたアメリカ人と博多駅デイトス</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/post_55.php" />
<modified>2008-01-24T16:55:55Z</modified>
<issued>2008-01-24T14:40:46Z</issued>
<id>tag:omura-highschool.net,2008:/30//2.231</id>
<created>2008-01-24T14:40:46Z</created>
<summary type="text/plain"> 長崎や大村の人は、知らない人となかなかうち解けないし、話もしない。 私は、知ら...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>予備校時代</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p><br /><br />
長崎や大村の人は、知らない人となかなかうち解けないし、話もしない。<br />
<br /><br />
私は、知らない人でも、物怖（ものお）じしないで話すような性格なので、 大村に住んでいたころは、苦労した。大村育ちの人から見れば、私のような性格は、嫉妬の対象になるのかもしれない。<br />
<br /></p>

<p>実は、英語を覚えても、閉鎖的な性格の人はちっともうまくはならない。テストの成績と性格＋コミュニュケーション能力は少し違う。<br />
<br /><br />
関係ないことを書けば、1984年8月、大学時代、東京の新宿エリアで、迷っているアメリカ人女性を見かけた。だから、声をかけて、「そっちの方向はあぶないよ」と伝えた。<br />
<br /><br />
実はその人は、1983年9月から1984年7月まで、長崎東高校に留学していた人だった。ミネソタ州ミネアポリス市出身で、長崎東高のあと、マサチューセッツ州のカレッジに進学した。祖先は、ノルウェーからアメリカに渡ったのだそうだ。名前はナターシャ。<br />
<br /><br />
新宿で偶然、長崎東高に留学していた人と出会って話したあと、連絡先を聞かれたので、大学の学部の住所を教えた。最初は、なんと、彼女から、私の大学の学部にエアメールが届いた。<br />
<br /><br />
大学の事務局から呼び出しがあった。事務局で手紙を受け取った。それから、しばらく手紙をやりとりした。手紙には、（英語で）長崎での文句が少し書いてあった。やっぱり、長崎市の人も、大村の人と同じで、閉鎖的だったようだ（今はどうかは知らない）。<br />
<br /><br />
<img alt="deitos.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/deitos.jpg" width="500" height="335" /><br />
<br /><br />
さて、写真は、博多駅デイトスの受付のお姉さん。少し話したあとで、「写真を撮っていいですか？」とたずねてＯＫの返事をもらったので、撮影した。1980年だったと思う。<br />
<br /></p>

<p>予備校時代は福岡で過ごした。大村の同期の連中は、全員、九州英数学館だった。私は、水城学園だ。水城では、大村高校出身者は、理科系で気が強い女性と、私の2人だけだった。わたしは、大村の人と、つるまない。<br />
<br /><br />
このころは、まだ、代々木ゼミナールも河合塾も全国制覇していなかったので、福岡の予備校は、英数と水城が2大勢力だった。<br />
<br /><br />
実際、大村の同期の連中は、福岡の予備校に通っても、大村から抜け出すことができず、大村メンバーでつるんでいたようだ。天神や新天町で、彼らを何度もみかけた。<br />
<br /><br />
私は、大村より、福岡のほうが合っていた。すぐに、福岡市内の人と友だちになった。いまでも、福岡のメンバーとは会っている。<br />
<br /><br />
結論は、人には、それぞれふさわしい場所がある。わたしには、長崎県大村市はふさわしくなかった。そういうこと。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>片山先生のこと</title>
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<modified>2008-01-22T09:35:12Z</modified>
<issued>2008-01-21T14:25:47Z</issued>
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<summary type="text/plain">思い出したので書いておく。 高校時代、数学の片山先生がこう言われた。 「大人にな...</summary>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>高1時代</dc:subject>
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<![CDATA[<p>思い出したので書いておく。</p>

<p><img alt="kata1.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/kata1.jpg" width="497" height="326" /><br />
<br /><br />
高校時代、数学の片山先生がこう言われた。<br />
「大人になれば、大学入試程度の現代文の問題は、勉強しなくても、正解できる。ただし、新聞や本を読み続けることが前提だ」と。<br />
<br /><br />
<img alt="kata2.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/kata2.jpg" width="436" height="332" /><br />
<br /><br />
この日、先生は、高校時代には、<a href="http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4102008039/250-0277378-9553041?SubscriptionId=0G91FPYVW6ZGWBH4Y9G2">スタンダールの「赤と黒」</a>くらいは読んでおけとおっしゃった。<br />
<br /><br />
すぐに、当時、大村本町アーケードにあった文光堂という本屋で、文庫本を購入して、私は読んだ。<br />
<br /><br />
<img alt="16kata.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/16kata.jpg" width="540" height="360" /><br />
<br /><br />
それから、20年以上の月日が流れた。<br />
<br /><br />
まだ、年数はあるし、少し早いのだが、子供の中学入試に向け、国語の入試問題にチャレンジ。<br />
<br /><br />
<img src="http://omura-highschool.net/modules/wordpress/attach/tyu.jpg" alt="" /><br />
<br /><br />
まず、私が、大学入試用の問題集を購入して、解いてみた。<br />
<br /><br />
出口の現代文レベル別問題集　上級編だ。難関私大・国公立用となっている。<br />
<br /><br />
「な～んだ」という感覚で、全問正解できた。いや、これは、何かの間違いかもしれないと思い、自分の奥さん（学習院大学法学部卒）にもチャレンジしてもらった。やはり、全問正解した。<br />
<br /><br />
高校時代と違って、すぐに答えがわかってしまう。しかも制限時間の半分もかからないで、すぐに正解がわかってしまうのだ。出題者の意図も見えてしまう、奥さんも同意見だ。<br />
<br /><br />
問題演習のあと思ったことは、もしかしたら、高校の国語の先生は、なまけものかもしれないと。あんまり努力しなくても、問題が解ける人が多いのではないかと感じられたため。<br />
<br /><br />
さて、結論は、高校時代に、数学の片山先生が言われたことは正しかったことが証明されたということ。<br />
<br /><br />
学校のレベルにもよるが、国語に関しては、大学入試の現代文より、私立中学の入試問題ほうが難しいように思えた。考えさせる問題が多かったので。<br />
<br /></p>]]>

</content>
</entry>
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<title>カメラ、camera、kamera、写真機、写真机</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/camerakamera.php" />
<modified>2008-01-20T06:34:30Z</modified>
<issued>2008-01-20T06:22:51Z</issued>
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<summary type="text/plain">中学、高校、予備校、そして大学時代に使用したカメラを記しておきます。動画のカメラ...</summary>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>モノローグ</dc:subject>
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<![CDATA[<p>中学、高校、予備校、そして大学時代に使用したカメラを記しておきます。動画のカメラは、別の機会に紹介させていただきます。<br />
<br /><br />
<img alt="b.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/b.jpg" width="320" height="240" /><br />
<br /><br />
中学時代には、今はSONYに吸収されてしまった<a href="http://ca.konicaminolta.jp/oldnew/minolta/1960/1966.html">minolta（ミノルタ）のSRT101</a>という、子供にとって、超重い一眼レフを使用。レンズは、５０ミリ標準と90-200ミリズーム。マニュアルフォーカスでした。中２時から、高３まで、学校にこの（上記写真）カメラを持参して撮影していました。<br />
<br /><br />
<img alt="c.jpg" src="http://omura-highschool.net/30/c.jpg" width="500" height="375" /><br />
<br /><br />
それから、大学合格のお祝に、両方の祖父母からもらったお金で、<a href="http://ca.konicaminolta.jp/oldnew/minolta/1970/1977.html">ミノルタXD</a>と24ミリ広角レンズを、新宿西口のヨドバシカメラで購入。その後、祖父母の告別式の日の記録写真は、このカメラで撮影することになりました。</p>]]>

</content>
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<title>チャーリーズ・エンジェルと大村高校</title>
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<modified>2008-01-16T08:43:23Z</modified>
<issued>2008-01-15T21:22:05Z</issued>
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<summary type="text/plain">NHKでチャーリーズエンジェルが再放送されている。1970年代後半から1980年...</summary>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>高2時代</dc:subject>
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<![CDATA[<p>NHKで<a href="http://www3.nhk.or.jp/kaigai/charliesangel/">チャーリーズエンジェル</a>が再放送されている。1970年代後半から1980年代に放送されて、流行した。アメリカ版の浜崎あゆみといった感じだろうか。ファラ・フォーセットの笑顔と大げさなヘアスタイルが印象的だった。<br />
<br /><br />
さて、私は、録画してあった、チャーリーズエンジェルを視聴していた。そこに家族がやってきた。<br />
<br /><br />
オトコなら、気が付かない点を、オンナの視点から指摘された。まったく気がつかなかった。思い出したのは、高校2年の時に大村高校に留学していたポーラ・マンという人のことだ。<br />
<br /><br />
具体的に書く。<br />
<br /><br />
ポーラは、体操服の時に、ニプレスをつけていなかった。ある男子の指摘で、大村高校男子生徒の間では、話題になった。まぁ、刺激の少ない九州の片田舎にある高校の17才なのだから。<br />
<br /><br />
つまり、体操服の上から、乳首がくっきりとわかっていたのだ。当時の男子の間では、それが大きな話題となっていた。日本人の女子生徒は、ニプレスをするのが常識だったようだから。<br />
<br /><br />
<img alt="10xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/10xup.JPG" width="484" height="275" /><br />
ポーラ<br />
<br /><br />
チャーリーズエンジェルは、まじめな番組で、R18などではない。健全な昼間の番組。エンジェル全員が、米国のポリス・アカデミー出身の警察官だった設定となっている。あるシーンで、ファラ・フォーセットがシャツ姿で、乳首がくっきりわかるシーンが何度かあらわれた。<br />
<br /><br />
何にも気がつかなかったが、家族から指摘された。<br />
<br /><br />
結論は、この当時（70年代）のアメリカの10代、20代女性は、ニプレスなどはしないのが習慣だったのではなかったのだろうか。韓国人・中国人がマネをする、日本風のおしゃれ。アメリカ人は、おしゃれのセンスを磨くより、普段はくつろぐ(comfortable)かっこうをする人が多いので、ニプレスなどはしなかったのではないだろうか？<br />
<br /><br />
そんなわけで、チャーリーズエンジェルと大村高校が、ファラ・フォーセットのニプレスなしのシャツ姿で結びついたのでした。<br />
<br /></p>

<p><a href="http://www.charliesangels.com/">チャーリーズエンジェル　ファンサイト</a><br />
<br /><br />
*<a href="http://www.charliesangels.com/david.html">エンジェルを束ねるマネージャーのボスレーは、お亡くなりなったようです</a>。<br />
<br /><br />
<a href="http://www.nndb.com/people/779/000024707/">ファラ・フォーセットの魅力</a></p>]]>

</content>
</entry>
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<title>写真クリップを作ってみました。</title>
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<modified>2008-01-15T12:30:47Z</modified>
<issued>2008-01-15T12:11:48Z</issued>
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<created>2008-01-15T12:11:48Z</created>
<summary type="text/plain">見本として作ってみました。 ...</summary>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>動画</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p>見本として作ってみました。</p>

<p><iframe src="http://eyevio.jp/embed.do?movieId=32036" style="margin: 0px; width: 400px; height: 345px" frameborder="0" scrolling="no"></iframe></p>]]>

</content>
</entry>
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<title>初めての大村まつり</title>
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<modified>2008-01-15T12:10:50Z</modified>
<issued>2008-01-09T12:07:46Z</issued>
<id>tag:omura-highschool.net,2008:/30//2.225</id>
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<summary type="text/plain">初めての大村まつりは中２の時だった（1973年/昭和48年）。突然、降って湧いた...</summary>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>中学時代</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p>初めての大村まつりは中２の時だった（1973年/昭和48年）。突然、降って湧いたように大村まつりというものが始まった。11月だった。それまで、そんなまつりは大村市になかった。<br />
<br /><br />
<img alt="susutaxup1.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/susutaxup1.JPG" width="500" height="335" /><br />
<br /><br />
写真は、中学の同期。<strong>鈴田大浮立</strong>（すすた だいふりゅう : <a href="http://www.wave-q.co.jp/men/whats/whats.html">浮立とは？</a>)、という出し物を演じた３人のうち、真ん中の１人が大村高校（<a href="http://omura-highschool.net/30/archives/2005/01/post_33.php">高校時代</a>）に進んだ。彼は、今、ビッグビジネス（大企業）の財務部長をしているらしい。<br />
<br /><br />
この日、鈴田の生徒は、半休し、おおむらまつりに参加（出演）。それ以外の生徒は（わたくしも）正規の授業だった。<br />
<br /><br />
はじまったばかりだったせいなのだろうか、手作りの素朴な祭りだった。子供心にもそう感じた。<br />
<br /><br />
出し物が終了したあと、食事している3人を撮影。 晴れた日だった。大村公園にて。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>大村高校前と東京・池袋　昭和55年/1980年 6月</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/551980_6.php" />
<modified>2008-01-15T12:06:25Z</modified>
<issued>2008-01-08T12:01:38Z</issued>
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<created>2008-01-08T12:01:38Z</created>
<summary type="text/plain"> 上）池袋。1980年 / 昭和55年　遠方にそびえる高層ビルは、サンシャイン6...</summary>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>大学時代</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p><img alt="8xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/8xup.JPG" width="500" height="335" /><br />
上）池袋。1980年 / 昭和55年　遠方にそびえる高層ビルは、<a href="http://www.sunshinecity.co.jp/">サンシャイン60</a>。<br />
<br /><br />
下）大村高校前、1980年。<a href="http://www.ringerhut.co.jp/">リンガーハット</a>（大村高校前に1977年にできた）は今も健在。1980年6月22日の衆議院と参議院ダブル選挙ポスター。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%B5%9C%E4%BB%81%E5%90%89">白浜仁吉</a>、中村弘海などの名前が判読できる。</p>

<p><br />
<img alt="7xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/7xup.JPG" width="500" height="335" /><br />
<br /><br />
このころ、今と似たような状況で、ガソリンの価格が上昇した。今とちがうのは、省エネが実施されたことだ。<br />
<br /><br />
省エネとは、省エネルギーの略語。当時、原子力発電所が少なく、電気を火力発電で、ほとんど石油にたよって発電していた時代。ムダな電気を節約して石油の消費量をおさえなければ、国の経済が止まってしまう可能性があった。<br />
<br /><br />
だから、省エネは徹底していた。<br />
<br /><br />
テレビはすべて夜12時で番組が中止（民放も）。博多・中州や大阪・道頓堀（どうとんぼり）のネオンも12時で消灯。<br />
<br /><br />
そのおかげで、乗り切れたかどうかはしらないが。今後、インド・中国の台頭で、エネルギー危機になった場合、資源のない日本は、省エネで乗り切るしかないのだろうか。<br />
<br /><br />
まだ、クルマも少なかったし、コンビニが長崎県に一店もなかった時代。<br />
<br /><br />
当時、どこの大学も法学部に女子は少なかった。私の大学のクラスも。その１人が、池袋を案内してくれた。東京の子だった。学生で、お金もないので、安い店で遅くまで話しこんだ。バブルの前の時代は、まだ、みんな慎ましやかだった。<br />
<br /><br />
東京では、通学・通勤経路により、どこのターミナル駅（新宿、渋谷、池袋等）を利用するかで、知っている町が大きく異なってくる。私は渋谷がターミナルで、池袋は全然知らなかった。誘ってくれたクラスメイトのターミナルは池袋だったので。<br />
<br /><br />
付け加えですが、池袋サンシャイン60にある「<a href="http://www.sa.il24.net/~aom/">古代オリエント博物館</a>」は、旧制大村中学の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E9%87%8C%E5%BA%83%E8%A8%98">今里広記</a>（いまざとひろき）大先輩が建てたものです。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>あなたは、もう、そこにはいない。私も。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/post_40.php" />
<modified>2008-01-15T12:00:42Z</modified>
<issued>2008-01-07T11:57:48Z</issued>
<id>tag:omura-highschool.net,2008:/30//2.223</id>
<created>2008-01-07T11:57:48Z</created>
<summary type="text/plain"> 野岳湖です。4月の歓迎遠足です。高2です。上記はOくんです。今は、世界で有名な...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>高2時代</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p><img alt="5xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/5xup.JPG" width="500" height="335" /></p>

<p>野岳湖です。4月の歓迎遠足です。高2です。上記はOくんです。今は、世界で有名な多国籍企業の研究者だそうです。<br />
<br /><br />
<img alt="6xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/6xup.JPG" width="500" height="335" /></p>

<p>もてていたFくん。真ん中の白シャツの男子。毎年、バレンタインデーでは、食べきれないくらいのチョコをもらっていたようだ。<br />
<br /><br />
この時、私は、途中まで写真撮影をして、フォークダンスに参加した。記録を残すことに使命感があったわけではないが、写真同好会を写真部に昇格させるためには、実績をあげておきたかったのかもしれない。この年の秋、写真同好会が写真部に昇格となった。<br />
<br /><br />
東京と九州ではもてる男の基準が違うようだ。詳しく書くと長くなる。九州でもてる男の条件である「男らしさ」。これが東京では、なかなか通用しないのだ。幸い、私は、九州より東京のほうがフィットしていたが。大阪や京都も、また、違うようだ。<br />
<br /><br />
参考として、<a href="http://www.a-hinode.co.jp/kabuki.html" target="_blank">市川猿之助（いちかわえんのすけ）のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」</a>で、九州人である熊襲（クマソ）の描かれ方を見れば、わかる人にはわかる（<a href="http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0180-f/index.html" target="_blank">スーパー歌舞伎とは？</a>）。<br />
<br /><br />
当時、家政科は２クラスあった。理数科はなく、普通科は７クラス。７クラスのうち、１クラスが男子クラスだった。<br />
<br /><br />
さて、この写真は1976年です。勘違（かんちが）いしないでください。写真では15才か16才ですが、撮影して31年もたっているんです。かわいい女子も、かっこいい男子も、面白い人も、もう、そこにはいません。</p>]]>

</content>
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<title>体育祭　1977年</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/1977.php" />
<modified>2008-04-07T15:27:03Z</modified>
<issued>2008-01-06T11:29:57Z</issued>
<id>tag:omura-highschool.net,2008:/30//2.222</id>
<created>2008-01-06T11:29:57Z</created>
<summary type="text/plain"> 写真は31回卒女子が高２時のもの。体育館側を背景にして、国道34号方面を撮影。...</summary>
<author>
<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
</author>
<dc:subject>高3時代</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://omura-highschool.net/30/">
<![CDATA[<p><img alt="3xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/3xup.JPG" width="500" height="335" /><br />
<br /><br />
写真は31回卒女子が高２時のもの。体育館側を背景にして、国道34号方面を撮影。<br />
<br /><br />
体育祭は３年分、動画が残っています。フィルム8ミリで撮影したものです。<br />
<br /><br />
私は体育祭の時、高１、高２、と２年間応援団長をしました。応援団長をしながら、写真も動画も撮影するのは、時間の切り分けが、実にやっかいなものでした。しかし、なんとか、写真も動画も撮影し、現存しています。<br />
<br /><br />
2007年より大村高校が採用した<strong>ブロック対抗</strong>は、30年以上前の1970年代の大村市立玖島中学で実施されたが、その後、いい評判を聞いていないのだが。学年間のカベを破る目的だったのだろうが、理想は現実とは違っていた。学年や学級のカベは、一度くらいの体育祭ではなくならなかった。以前より、バラバラで、思い出に残りにくい体育祭が生み出されたように思えた。学年対抗のほうが、記憶にのこる（思い出として貴重な）体育祭だった。<br />
<br /><br />
過去、成功していた方式を新たに変更するにあたって、大村高校は、過去の事例を調べなかったのだろうか。それとも、何か、大きな秘策があるので、導入されたのであろうか。大村高校は具体的には開示していないようなので、何もわからないが。<br />
<br /><br />
とにかく、2007年にもなって、30年以上前の玖島中方式が、大村高校に導入されてしまったようだ。昔の中学校のやりかたが高校に導入された。大村高校の方々は過去の事例を調べなかったのだろうか？<br />
<br /><br />
当時の玖島中方式は、全学年を統合し4ブロックに分割し、Ａブロック、Ｂブロック、Ｃブロック、Ｄブロックに分けた。2007年の大村高校は、１班、２班、３班、４班という、かなりおかしな名称のようになったようだ。また、おかしなことを何も疑ってもいないところに、何だか、問題があるようにも思えるのだが。<br />
<br /><br />
なぜなら、100人以上の集団を日本語で「班」というのは間違っていないだろうか（間違っている可能性が高い）。いまどき班という呼称は古すぎないだろうか？おそらく何も検討しなかったのだろう。国語の先生は意見を具申（ぐしん）しなかったのだろうか？<br />
<br /><br />
＊<a href="http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/914011/%C8%C9/detail.html">日本語の場合「班」は４人から６人の集団を意味する</a>。<br />
<br /><br />
おそらく、あんまり頭をを使わないで、アイディアも出さないで、換骨奪胎（かんこつだったい）もしないで、鵜呑（うの）み方式で取り入れられたのであろうか。<br />
<br /><br />
実際、100人以上の集団を「班（はん）」などと呼ぶ、日本語としておかしな呼称にすべきではないだろう。<br />
<br /><br />
大村高校の体育祭が、奇妙な４分割名称にされてしまった現実から考えれば、現在の大村高校では、なんでも軽くすませてしまう人が増えてしまったのではないかと、危惧（きぐ）されるのだ。<br />
<br /><br />
この写真の時代は（2006年まで）、競技も応援も学年対抗でした。30回卒は、高１の時も、高２の時も、高３の時も、応援は優勝しました。競技は高２の時に優勝しました。<br />
<br /><br />
<a href="http://omura-highschool.net/30/4xup.JPG"><img alt="4xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/4xup-thumb.JPG" width="500" height="335" /></a><br />
<br /><br />
このころ、高校の体育祭に親は出席しなかったと思う。私の親は３年間、体育祭には、でてこなかった。男子の場合、クラスの大半が教室に集まってヒルメシを食べていたように覚えている。「高校生にもなって、体育祭に親が顔を出すなんてチョーかっこワル」といった気持だったように覚えているが。<br />
<br /><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>大村高校前　1980年</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://omura-highschool.net/30/archives/2008/01/1980.php" />
<modified>2008-01-15T11:29:11Z</modified>
<issued>2008-01-05T11:25:58Z</issued>
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<name>管理人</name>

<email>mkozakai@gmail.com</email>
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<dc:subject>街角で</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="2xup.JPG" src="http://omura-highschool.net/30/2xup.JPG" width="500" height="335" /><br />
<br /><br />
大村高校前で、1980年の６月ころ。<br />
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大学生の時、何かの用事で帰省時に撮影。大村には1泊か2泊で上京した。平日の昼間。学校帰りの小学生が写っているので、昼の２時か３時ころだと思う。この小学生は、現在30代後半になっている。<br />
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大平内閣のときだった。衆議院と参議院のダブル選挙が実施された。大平首相は選挙中にお亡くなりになった。<br />
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写真は参議院長崎地方区のポスター。大村高校前。長崎方面を背にして、佐世保方面を撮影したもの。ポスターの中で当選したのは、初村滝一郎氏だった。<br />
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東京とはちがい、大村では、まるで止まったような、のんびりした時間が流れていた。</p>]]>

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