2003年08月18日
●夏合宿と英作文の栞(しおり)
*夏合宿・高校1年(1975年7月下旬)
この当時、男性のみ、鎌倉時代から続く大名:大村氏(殿様)の梶山御殿で夏合宿というものがあった。2週間くらいだった。合宿と言っても、朝から自転車で大高に通い、昼過ぎまで補習授業だった。
冷房などなくて、寝苦しくて、蚊が多かった。蚊帳(かや)のある部屋とない部屋があった。ない部屋では蚊取り線香を焚いた。友田くんが数人で「わわわわわ~」というハーモニーを作曲した。
石川くんは、朝、お経のように英文をブツブツとなえて暗記していた。このころ「英作文の栞(しおり)」という基本英文620選があり、小テストが随時行われていた。通称「しおり」と呼んでいた。石川くんは、独自の学習哲学のような考えをもっていて影響力があった。
夜中に間違えて目覚ましをセットして、全員、朝の2時ころ起きたこともあった。
*あのとき目覚ましをセットしたのは私です。Sorry!
ザコ寝だった。
別班のKくん(同学年で結婚したTさんのダンナさん)は、持参した電気スタンドの調子が悪くて、困っていた。別班のYくんは、「生存者」という当時のベストセラー本にかじりついて読んでいた。
別班のNくんは、「20歳の原点」、「20歳の原点序章」というハードカバー本を持って
きていた。当時、流行した本だった。映画にもなった。大村で上映された。八木館で、なんとジョーズ2との2本立てだったと思う。
私が朝夕、歯を磨いていたら文句を言われた。みんなあんまし歯を磨かなかった。
朝が早くて、つらかった。朝早く、旗の掲揚(けいよう)とラジオ体操があった。
布団をたたんで、朝食。それから自転車こいで大高へむかった。
江口くんとは、1980年の冬、小田急新宿駅で、偶然、出会って、挨拶した。数秒だった。江口くんも都内の大学に通っていると言った。大学エンブレムが左胸にぬいつけてあるスタジャン(スアジアムジャンパー)を着ていた。息が白くなる寒い日だった。
私は、渋谷の大学に通っていて、当時、下北沢に住んでいた。下宿に帰る途中だった。その後は一度も江口くんの音沙汰を聞いていない。
最後列中央の大戸くん(郡中の生徒会長だった)は2000年ころなくなったということを、この年末知った。
合掌。
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