2002年12月26日
●はじめに
高校時代に多くの写真を撮影させていただきました。ほとんど発表の機会がないまま、ただただ、 三十年もの歳月が過ぎ去ってしまいました。
高校時代、使用したカメラ:ミノルタ(現、コニカ・ミノルタ社)SRT101
レンズ:55ミリF1.7、ズーム90ミリ-250ミリF4.5
フィルム:FujiのネオパンSSS(白黒 ISO200)かkodakのトライX(白黒 ISO400)
現像:白黒はすべて自分でおこなった。
たくさんの写真を皆様にお送りするのは手間と時間と労力がかかり、あきらめておりました。ところが、インターネットのおかげで、それらの問題が解決されることがわかりました。
肖像権は撮影後20年以上も経過しており、著作権は撮影者(当方)に帰属。法的な問題も特にないと判明。
そこで、ぼくらが過ごした大村高校・30回卒の3年間(30回卒-昭和53年(1978年卒)ウェブログ(ブログ)をオープンいたします。
ホームページを開設するにあたり、ウェブログ(ブログ)というものを採用しました。採用した理由は、更新が簡単であること、時系列にまとまるということからです。ウェブログ採用にあたり、米国産のウェブログ(ブログ)を2つインストールして試用してみました(日本産で目的に適うものがみつからないため)。一つはグレイマター、もう一つはムーバブルタイプです。その結果、理由は省略しますが、 ムーバブルタイプに決定いたしました。
もし、お気づきの点がございましたら、ぜひ、ご連絡ください。よろしくお願いいたします。
写真を転用や使用する場合、および加工する場合は、撮影者(当方)の許可が必要です。ご連絡いただくよう、ご協力をお願いします。
ルールは本サイトに準じます。よろしくお願いします。 連絡先はこちら
平成14年(2002年)12月26日
--------- foot note ----------
*高2の半ばまでは、「写真同好会」ですから、学校側から予算が出ていません。自費です(親から出してもらったものです)。
この当時から現在まで、首都圏などとは違い、産業が乏しく、経済的に貧しい長崎県内 (この当時から現在に至るまで、長崎県は個人所得が全国で下から何位という貧しい県です) では、バイト先も少なく、さらに普通科高校生のバイトも禁止されていました。したがって、本来は、「フィルムや感剤は、バイトして自費で」と言いたかったところですが、親から出してもらったものです。
参考:都道府県別・個人所得順位表 PDFファイル ::←こちらの表をご覧になるとおわかりのように、21世紀、あるいは平成の時代になっても、相変わらず長崎県は47都道府県中、下から2位~よくて下から4位のビンボーな県なのです。
にもかかわらず、高校の学費は低廉で、公立の大村高校の学費3年分(76000円)が私立青雲学園(全寮制で寮費込)のひと月分(78000円)とほぼ等しかった位です。納税された県民の方々のおかげで、安い学費で高校生活をおくることができて、感謝しています。
写真同好会が写真部に昇格したのは高校2年(1976年)の終わり頃でした。
同好会時代の先輩のみなさま(28回卒:i 野先輩・M井先輩、29回卒:K尻先輩・S良先輩)、の尽力で、当方の高2時代に同好会から写真部に昇格させていただき、部長に推薦していただき、
初代部長になりました。
写真関係の予算が出たのは高校3年の文化祭の展示物作成費用だけでした(パネル代2000円だけでした)。それ以外は、すべて自費(持ち出し)だったように記憶しております。
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